武神

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武神

――――神話論の講義は、講師が講師なだけあって、とてもためになるものだった。 しかし、気になるのはやはり……。 「ルディ、あなた、学園に平気で忍び込んでるのはいいの?」 「ダメと言う理由はない」 部外者立ち入り禁止ではなかったかしら……。いや、それならグイーダもなのだが……彼がその前例を作ってしまった張本人である。 今は神ではなくなったから、学生として通わざるを得ないのだが。 「さて、レティシエラ。次はどこに……」 ルディが問いかけたその時。私たちに向かってわらわらと集まる影が迫る。 みな、鍛練着に着替えて模擬剣を持っている。 騎士の講義を取っているものたちだろうか。 「見つけたぞ、レティシエラ」 いや、今度は誰よ……。彼らの中から顔を出したのは、王太子の側近アルク・カウス……。 王太子、さっきはラファエル……さらに何故アルクにも絡まれないといけないのだろうか。 そりゃぁループ前も散々因縁は付けられたのだが、リセットされたこの世界では、何が起こるのか分からない。 「次は俺の武勇を見せてやる。その歩も弁えない男にも目にものを見せてやる」 はいつ!?歩って何よ。意味が分からないわ。私は好きでルディといるのよ。……前回と同じく。 それを無理矢理押し込める強制力は、今はもう存在しないはずだ。それに、ルディは剣を使えるの……? 「そうか。俺に剣を挑むつもりか……?面白い」 そして意外にもルディが余裕を見せるように笑う。 「な、生意気な……!叩きのめしてやる!!」 アルクが逆上し、そして周囲の学生たちもそうだそうだと首を縦にふる。 「言っておくが、講師の手は借りられると思うなよ?」 既に買収済みってことね。ループ前は買収するまでもなく、ヒロインの有利に動くようになっていたが、さすがに今回は金でも握らせないと無理だったらしい。けれど本来はそれが彼らの普通なのかしら。 これは刷り込み……と言うよりも、元々こう言う汚いことをする貴族子女もいるのも普通のことである。 「あの、ルディ」 「問題ないよ、レティシエラ。こう見えて、1000年の伝統剣術はだてじゃない」 「ははっ、1000年前の剣術?どんだけ廃れた剣術だ!こりゃぁ余裕だな!」 アルクが嗤う。違うわよ。彼は1000年前の剣術だと取ったようだが、ルディの剣術は正真正銘1000年間磨いてきた剣術だ。あなたたち、ことによっては武神に一番近いかもしれない剣士に喧嘩を売ってるのよ……?分かってる? そうして演習場に連れて来られれば、そのきは講師はいない。講師すら遠ざけ、自分たちに都合良く進ませようとしてるのね。 全く……こんな講義に何の意味があるのよ。 「お前はこれを使え」 そう側近がルディに手渡して来たのは、明らかに古い木剣である。 「ちょっと……そんなの……っ」 「問題ない」 ルディはそれを難なく受けとる。それでいけるの……?本当に……? そして演習場の試合場に立ったルディはぼろぼろの剣を構える。その行為に子息たちはげらげらと嗤いながら、ひとりがルディの前に立ち、悠々と剣を振るうのだが。 カキンッ 子息側の剣があっさりと折れたのだ。 「そんな……バカな……!折れるのはアイツの剣のはず……っ」 そこまで言ってアルクは口を噤む。やっぱり汚い手を使っていたのね。 それはそうとあのおんぼろ剣でどうやって……しかし気が付けばルディの持っている剣は、どこか……再生しているようにしっかりと構えられている。 そうか……再生、させたのか。それは不公平になるのか……いいえ、不公平を課したのはアルクたちの方よ。ルディはただ、彼らの剣と公平になるように再生しただけ。 「くそ……っ!こうなれば、全員でかかれ!」 「ちょ……、いくらなんでもそれは……っ!」 立ち上がった時既に遅く、子息たちが一斉にルディに斬りかかる。このままじゃ、さすがのルディでも……! 「さて、勝利は見えたようなものだ……」 そしてアルクが私に迫る。まさかルディを亡きものにして、あなたまで私を……っ!?何がどう転べばそうなるのよ……! しかしその時。私たちの間に入った大きな影が、すとんと腰をおろす。 「お嬢さん、武神祭を知っているか」 聞き覚えのある声と体格は気のせいではない。 私はその男の隣にそっと腰掛ける。前回の邪神神殿では、彼は信徒として暮らしていたが……思えば単なる信徒にしては……体格が良すぎるのよね。 「知っているけれど。今、それ必要かしら」 「もちろんだ。何せあれを一番嫌がった創世神の子が始めたことだ」 「……えっ」 そしてふとルディを見返せば、鋭い剣戟の音と共に、砕かれた木剣と地面に倒れる子息たちがいた。 うそ……勝った……? 「そ……そんな……バカな……!きっと汚い手を使ったんだ!」 アルクが吠えるのを、男が一掃する。 「ならば己の目で確かめるがよい。それともそなたは自ら挑む度胸もないのか」 男が嗤う。 「そ……そんなことは……っ、俺はカウス侯爵令息だ!」 「どこの貴族のボンボンだの、そんなものはどうでもよい。位置につけ。武神に恥じる汚い手を使ったのだ。このままおめおめと帰れるとは思うなよ」 男に凄まれ、側近が固まる。その眼圧は、並みの剣士でもなければそらせまい。 特に自分は手を出さず、周りの子息たちに大勢で一気に襲わせるだなんて、そんな小者には無理だろう。 「さて、かかってこい。武神の前で羞恥を働いた罪は重いぞ」 「う……うるさい!我がアルク侯爵家は代々優秀な騎士を輩出してきた名家だぞ!?武神さまだって俺の味方だぁっ!!」 アルクが勢い良くルディに迫るが、ルディはそれを難なく受け止め、そしてアルクの剣を弾き飛ばして、その身体に気絶必至の一撃を叩き込んだ。 しかし……この分じゃぁ、武神の加護も彼の代で終わりね。 「うーむ……俺はそのカウス侯爵家とやらに加護をやったこたぁないんだがなぁ……?」 あれ……そもそも、武神さまは加護なんて授けていない……つまり、彼らは女神の名の元に、勝手にそれを名乗っていただけであったらしい。 少なくとも武神さまは女神側ではないし。 でも、ならどうして武神祭が開かれるのかしらね……?
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