噂の黒マント ~街角の隠者~

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 ……いや、そんなことよりも問題なのはその恰好だ。  漆黒のフード付きロングコートをマントのように羽織り、そのフードを目深に頭からすっぽりかぶっているその姿は、先刻、時計塔の天辺にいたあの人物とまさに同様のものである……じゃあ、あれは見間違いではなかったのか? 「黒マント……」  わたしは無意識にも、存在も疑わしきその怪人の名を口にしていた。 「黒マント? ……まさか、あの都市伝説の住人が実在したとでもいうのか?」  突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に、老易者もやはり驚いている様子だ。 「ま、自らそう名乗ったことは一度もないがな。そういう貴様の方は、さしずめ〝街角の隠者〟とでもいったところか」  老易者の言葉を受けて、〝黒マント〟…らしき人物もそう答えて切り返す。  フードの作る闇でよく顔は見えないし、言葉遣いもなんとも上から目線で偉そうなものであるが、その声の調子からして、ずいぶんと若い人物のように感じる。 「この匂い……麻薬の香を用いるカテゴリー魔術師(マジシャン)に、カードを使っての女教皇(ハイプリーステス)の催眠、そして、まあ、褒められた方向にではないが、人々を教え導く隠者(ハーミット)の魔術……初歩的ではあるにせよ、襟羽黎彌(えりはれいび)の大アルカナに仮託した魔術をよく使いこなしている」 「貴様、なぜそれを知っている? もしや、貴様も魔法博士(マグス)エリハの『真正魔術の秘密の鍵』を読んだのか? ならば、なぜわしの邪魔をする!?」  わたしには何を言ってるのかさっぱりだったが、続く黒マントのその言葉に老易者はなぜか動揺している。 「いや、読んだというより直に叩き込まれた……で、その愚かなバカ師匠の残した罪の尻拭いのために、わざわざこうして方々を渡り歩いてるっていうわけだ」 「なに!? 魔法博士(マグス)エリハの弟子だと? ならばますます以て理解できん。真なる魔術の秘密を手にした者は、欲望のままにそれを用いよ…というのがエリハの教えだったはずだ」  さらにわたしを置いてけぼりに、二人の怪人物は小難しい言い争いを始める。
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