一枚の名刺

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 真新しい名刺を何枚か取り出し、名刺入れに納めた。それを内ポケットに仕舞い、神崎家に向かった。今日は神崎の七回忌にあたる。 「ごめんください」  中は騒がしかった。もう悲しみはなかったし笑いも沸き上がっていた。 「あら黒木さん。ようこそおいで下さいました。どうぞお上がりください」  神崎の妻、清海(きよみ)が迎えてくれた。中に入り集まった親族に挨拶をした。法事がある度、顔を出させてもらっていた分、顔見知りになっていた。そのまま祭壇の前に向かい線香に火を灯した。  七回忌の法要が始まり僧侶の読経が読まれ、その後、法話が始まった。黒木はこの僧侶の話を心地よく聞いていた。七回忌とは故人がお釈迦様の弟子となり一人前に、残された人間も悲しみを癒され一人でしっかり歩きはじめる時、言わば自立の時という。 「ああ、そうなのか。これは俺が本部長から自立する日でもあるんだな」  法要を終えた後、神崎は帰り際にもう一度祭壇に手を合わせ神崎に話しかけた。 「間に合いました。なんとかこの日までに届けたかった。あなたに追い付くことを目標に。夢を持って今日を迎えることが出来ました。この名刺をあなたに届けます。あなたに追い付きましたよ」   名刺を祭壇に置いた。  その名刺にはこう記されている。  ──テラスヒューマニティ株式会社 営業本部長 黒木光明── 〈了〉
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