一枚の名刺

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 喫煙所で二人の男は亡き男の話をしていた。神崎博之(かんざきひろゆき)。一週間前までこの人材会社テラスヒューマニティで営業本部長を勤めていた男だ。しかし約一年前に癌を患い、療養中の病院で息を引き取った。力を落とす男に専務桜井誠(さくらいまこと)は声を掛けた。 「まだ、プロジェクト始まったばっかりだろ?」 「そうですね」  黒木光明(くろきみつあき)は気力ない返事をした。桜井は溜め息を吐き黒木に問い掛けた。 「なぁ、黒木。お前にとって神崎はどんな存在だった?」 「最高の上司でした。なんていうか……その、うまく言えないんですけど……」 「なぁ、お前は最高の上司を失った。そうだよな?」 「はい、その通りです」  桜井にとっても神崎は最高の部下だった。桜井は神崎をどうしてもこの会社の将来の経営者の一人として迎えたかった。それは共に会社で過ごした桜井の夢でもあった。しかし、その夢は神崎の死で潰えた。 「俺には夢があったんだよ」 「専務の夢ですか?」  無気力な目で桜井を見た。 「そうだ。この会社での夢だったがな。俺は神崎を俺の立場まで引き上げたかった。つまりこの会社で経営者として肩を並べさせたかった」  黒木が一瞬鋭い目に変わった。食い入るように桜井の話に耳を傾けた。 「でも叶わなくなっちまった。あいつが死んじまってさぁ。夢はこの煙みたいにパァだ」  桜井はタバコの煙を吐き出した。煙が拡散し上空に舞いながら消えていく。続けるように黒木も夢を語り出した。 「私の夢はなんだったのかも分からなくなりましたよ。神崎本部長みたいな男になりたいって夢がありましたけど」  黒木の理想は神崎だった。神崎のような男になり、神崎に認めてもらいたいと思っていた。
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