月としじま

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月としじま

 自分は恋愛が下手だなと思う。だって、意気地なしなわたしはこの気持ちを伝えられないままだから。  ――いっそ、願うだけで相手に気持ちが届けばいいのに。そうすれば、わたしの気持ちもわかってもらえるのにな。  でも、それはそれで面倒くさいことになりそうだ。相手の思考がわかれば楽と言えば楽だけど、知られたくないことなんて人間には一つや二つ……いや、数えきれない程ある訳で。  そんなことを考えていると、とんとんと肩を叩かれた。突然のことにびっくりして振り返る。  そこにいたのは、一人の男の子――凪冴くんだった。  凪冴くんは同じ学校に通っている友だちだ。  凪冴くんはわたしと目が合うとにこりと笑った。顔の横で拳を作って下げる。そして、胸の前で両手の人差し指を立てて向かい合わせ、同時に人差し指を曲げた。簡単な挨拶だ。  携帯端末を取り出して、文章を打ち込み凪冴くんにメールを送る。 『おはよう。今日は早いんだね』 『練習早く切り上げたから、余裕を持って家を出て来ることができました!』 『そんなことでドヤ顔しないで』 『手厳しいなぁ』 『それより、英語の小テストの勉強はした?』 『えっ、小テストあるって先生言っていたっけ?』 『言っていたよ』 『マジかー……うわー、やべー』 『まだ時間はあるからセーフでしょ。よかったね、早起きして』 『これが早起きは三文の徳ってやつか……』 『それはなんか違くない?』 『そう?』  他愛のないことを話しながら、学校へと向かう。 『あーあ、早く学校に着いたらピアノの練習しようと思ったのに』 『凪冴くんはほんとピアノが好きだよね……』  凪冴くんの言葉にわたしは呆れた。  いつもなら、学校に来る前に凪冴くんは家でピアノの練習をしていて、ギリギリの時間に学校にやって来る。  だから、彼とこうして登校するのは自体は珍しいことで。  早く学校に行って、学校のピアノを弾こうとしていた凪冴くんの密かな計画は打ち砕かれてしまったようだ。凪冴くんはピアノを弾くのが大好きなのだ。 『静玖だって他人のことは言えないでしょ』 『そうだけど……』  そう言われたら何も言い返せない。わたしも音楽が好きだから。 『今はこの曲を練習しているんだ』 『へぇー』  見せられた楽譜を眺めるふりをして、凪冴くんの横顔を見遣る。彼の顔は生き生きとしていて、その目は輝いていた。  そんな彼を見て、わたしの気持ちもとても晴れやかになる。  ――今日は素敵な一日になりそう!  凪冴くんと一緒に登校ができた。それに、音楽のことについて話せた。たったそれだけのことでうきうきしてしまうわたしはなんて単純なのだろう。  凪冴くんと話していると胸がどきどきと高鳴る。もしこの胸の高鳴りが聞こえてしまったらどうしようなんて考えてしまうこともある。そんなわけないのに。  ――やっぱり、わたしのこの気持ちなんて絶対に知られたくないな。  人類が思考を読み取れなくてよかったと心底思った。
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