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「それじゃあ今日はここまで」
お昼の休憩時間になってみんなが騒ぎ出す。「終わったー」やら「疲れたー」やらあちこちから聞こえて来た。
「静玖、ご飯食べよー」
「ごめん、今日は……」
「あー、はいはい。いってらー」
全部言わなくても友人は察したらしい。了解したと言わんばかりにひらひらと手を振られた。その眼差しが生あたたかくて口元はにやにやと意地悪そうに笑っている。わたしは何だかとても気恥ずかしくなった。
鞄を持って向かう先は音楽室だ。きっと今日も凪冴くんはピアノを弾いているだろう。今朝教えてもらった曲でも弾いているのかもしれない。
鍵盤の上で凪冴くんの指が踊るのを、ピアノを弾くその姿を眺めるのがわたしは好きだった。
廊下を歩いていたその時、見知った後ろ姿が見えた。
足が弾みそうになったが、あることに気がついてわたしは咄嗟に隠れた。
――凪冴くんと、誰だろう……?
そこには凪冴くんと女の子がいた。上履きの色からして同学年の子だろう。
携帯端末で何やら遣り取りをしているようだが、何を話しているのかわからない。
――でも、どう見ても告白現場だよね……?
恋愛に疎いわたしでもすぐにわかった。
この場から離れなくては、と脳が警鐘を鳴らす。
だけど、わたしの足はその場に縫い付けられたように動けない。
走り去ればいいのに、一歩踏み出すことができない。
――凪冴くんはなんて答えるんだろう……。
そのことを考えるだけで、ぎゅっと心臓が締め付けられる。胸が苦しくて仕方がなかった。
胸が苦しい理由なんてわかっている。でも、恋なんていう淡い気持ちを認めるのは恥ずかしくて、嫉妬なんていう汚い気持ちを認め難かった。
結局わたしは、音楽室には向かわなかった。
家に帰っても思い出すのは、×くんが告白されている場面ばかりだった。
課題をやっていても何処かぼんやりとしてしまう。
「もう寝よ……」
何だか疲れて、いつもより早い時間に布団に入った。
わたしは無理やり目を瞑ったのだった。
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