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《3》
入院して三ヶ月。少しずつ歩けるようになった。リハビリでも先生からは成長速度が早いって言われた。病室に戻ると青空はまた絵を描いていた。俺が絵を見ると青空は「おかえり」と言ってくれた。
「ただいま、何描いてるの?」
「通っていた小学校の裏にある草原」
「そうなんだ」
「木が一本だけ立ってる草原。小学校の頃からよく行ってて。たまに、木の下で本を読んでいる子がいたんだけど。話しかけるのが怖くていつも遠くから見てたんだよね」
木が一本だけ立っている草原。俺が小学生の頃に行ってたのと同じだ。
「それって青水小学校?」
「そう!もしかして陸も?」
「うん、そうだよ」
まさか青空と同じ小学校だったなんて。でも青空がいる事なんて俺は知らなかった。いや、知ろうとしなかったのが正解かもしれない。孤独で過ごすことを選んでいたから知ろうとしなかっただけなのだ。
「私ね」
青空が静かに呟く。急に静かになったから気になって彼女の顔を見た。その顔は透き通っていて、綺麗で、だけどなんとなく切なくて。悲しげな笑みをしながら話す青空から目を離すことができなかった。
「私ね、小学校卒業してから親の転勤で遠くの街まで引っ越してて。だから、大好きだったあの草原にも行けなくなっちゃってさ。癌になって、もし死ぬなら、小学校の頃まで生まれ育った街で、大好きな街で死にたいって思って。最初は親に反対されたんだけど、どうしてもって私がわがまま言ったからここに戻れたんだけど。私の治療費も払わないといけないからって、引っ越した街に残って、私だけここに戻ったの」
それを聞いたとき、俺の目の奥に火が灯った。その火は青空が話せば話すほど力が増していった。
「だから、毎日が忙しくて忙しくて。病院まで来て私をお見舞いしたことが一回もないの。ここの病院に移動してもう五ヶ月になるんだけど、一回も親が顔を見せに来たことがないの」
「連絡は?」
「週に二、三回しか話せなくて。しかもほんのちょっとだけで。大した会話なんてできない。医者に今どんな状態だって言われたことを言っているだけって感じ」
「...は?」
「陸?どうしたの?」
「おかしいだろ!青空の親はおかしいぞ!」
さっきまで火力が弱かった火は、ガソリンとか灯油とかがかけられた瞬間みたいに大爆発を起こした。
「俺なんて...俺なんて小さい頃に両親二人共事故で死んじまったけどさ!わかるよ!青空の親はおかしいってこと!いくら仕事が多くても、忙しくても、休暇なんてあっただろ!自分の娘が癌でもうあと余命一年もないって言われてるのに、青空が言ってたけど、いつ死んでもおかしくないのに、この五ヶ月で一回も会いに来ないとかおかしいだろ!」
言いたいことを全部吐き出してすっきりすると思った。でも、そんなことはなかった。俺は悔しかった。吐き気がするぐらい悔しかった。
青空は両親二人共いるのに会いに来てくれないことが悔しかった。俺は他人だけど、関係ないかもしれないけど、とにかく悔しかった。そのせいで泣いていた。
「陸...泣かないでよ」
「だって...青空が、親が会いに来ないことが悔しくて...悔しくて」
「陸...陸は優しいんだね。でも、もう慣れちゃってるから大丈夫だよ」
慣れちゃ駄目だよ。こんなに悲しいこと、慣れちゃ駄目だよ。そんなことを言いたかったけど、涙が次々と溢れ出るせいで言葉が喉を通らない。
「でも、私は死ぬ前に一つだけしたいことがあるの。親が会いに来ない代わりに、一つだけ絶対にしたいことがあるの」
俺は涙を拭って、鼻をすすって話を聞いた。
「それって何?」
「もう一度、あともう一度だけでいいから。あの草原に戻りたい」
俺は青空の願いを聞いて決めた。
「じゃあ、二人で行こう。その草原に戻ろう」
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