恋人イジョウ ニンゲンミマン

6/6
前へ
/6ページ
次へ
 はぁっ、はぁっ、はぁっ。  今、誰もいない田舎道を、僕たちは走っている。  勝田を殴り倒してから、電車を乗り継いで、ネカフェに泊まって、コンビニで食糧を買って、蚊に刺されながら、誰もいない土地を求めて僕たちは走った。  はぁっ、はぁっ、はぁっ。  暑い。痛い。足の裏。腕、痒い。  目と頭、痛くなってきた。  熱中症なんだろうけど、だけど、僕も橘も止められない。  お互いがお互いの手をしっかり繋いで、(はな)(ばな)れにならないように。  さぁっと、草を撫でる風の音と共に、空が曇ってきた。  これから雨が降るのだろうけど、雨が永遠に降り続かないことを、人間たちは知っている。  だけど、ニンゲンミマンの僕たちは?  雨で全身が濡れると、がくっと力が抜けた。  橘が(ひざ)をつき、僕は彼女を庇うように抱きしめる。  橘の冷たい体温が、僕の濡れた衣服越(いふくご)しに伝わり、ぐったりとしている赤いの唇から荒い息が漏れた。 「どこかで休もうか」 「うん。ちょっと、疲れちゃったね」  僕の提案に橘が同意すると、僕の胸に顔をうずめて背中を優しくなでる。  まるで僕の存在を許すように。  そんな風に思ってしまうのは、ただの思い上がりだろうか。  僕たちの身体が熱いのか、それとも雨が冷たいのか、温度そのものが分からなくなった頃、進行方向に小さな駅舎(えきしゃ)が見えた。  夏日が差して、草の匂いが立ち(のぼ)り、蝉の声が聞こえ始めると、初老の駅員さんが、ぎょっとした顔で僕たちに駆け寄ってくる。    あぁ、終わった。終わってしまった。  雨上がりの空の下で、僕たちは泣いて笑うしかできなかった。 【了】 86584c81-209c-40d7-8bdd-a95c315ad567      
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加