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4.想い
「どういう、ことですか?」
ヘレンの隣で、やはり身を起こしたアリシアが問うと、彼はやおら顔を上向けた。
彼の視線の先、大きく穿たれた天窓の向こう、ごうごうと風の音を孕みながらこちらを見下ろす黄色い空が見えた。
「風船にね、手紙をつけて空へ放つ。その手紙を誰かが受け取る。誰でもいい、誰かに届け。そんな思いの手紙。誰が拾うかも、もしかしたら拾われず、どこかでゴミになるかもしれない。そんな無駄にも思えることをどうしてするんだと思う?」
「わかり、ません」
「わかりません」
簡単な問いなのかもしれない。答えられなければ不良品と言われてしまうかもしれない。じりじりとした恐れを抱きながら首を振り、ヘレンはアリシアをそっと窺う。彼女もまた白い頬を強張らせてマスターを見ている。
だが、想像した叱責は落ちてはこなかった。彼は安心させるように小さくヘレンに頷いてみせてから、ただおっとりと微笑んだ。
「見つけて。ここにいるよ。そう言いたいからだと僕は思う。だからね、僕は言いたいんだ。この探査機を宇宙に放った人たちにね。君たちの声は届いたよ、ちゃんと受け取ったよ、送ってくれてありがとう、それと」
大きな彼の目がそうっと和む。目を見開いたヘレンの耳に、祈りのような彼の声が落ちた。
「僕たちは、ちゃんとここにいるよって」
マスターの言葉はよくわからない。
けれど彼の中にある哀しみがなぜか見えた気がした。
マスターたちこの星に住む人たちのこれまでの苦労もまた、自分達にはインプットされている。
生きていることが当たり前ではない、世界。
砂と風ばかりのこの大地から逃げ出したいけれど、逃げ出す術がないままに、朽ちていくしかない彼らの命。
住める星を探すことも検討はされていただろう。しかしこの広大な宇宙の中、移住できる星を探し、実行に移すほどの体力がこの星の人間にはもう残っていない。
歌を歌うこともできぬくらい退化してしまった声帯と同じく、思いを形にするには彼らはなにもかもが遅すぎたのだ。
できることがあるとすれば、ここにいる、その思いを空へ放つだけ。
湧き上がる痛みに似た何かにヘレンが胸を押さえたときだった。
アリシアがふいに台から立ち上がった。
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