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6.叶えたい
この星の寿命がどれほどなのか。
ヘレンにはわからない。
しかし、今日も居住区の一部が苛烈な砂嵐に飲まれ、大勢の人が死んでいる。
この星は、住むにはやはり厳しい環境なんだよ、そう言って寂しげに笑う彼の顔が痛くてたまらなかった。
そんな状況の中、彼は着々と準備を進めていた。
ヘレンとアリシアを宇宙へと送るためのだ。
「本当なら、僕が行きたいと思っているんだ。これほどにいきいきとした歌が生まれた星を、そこに息づく生き物の姿を見てみたいから。でもね、僕は人で僕の一生は宇宙の瞬きよりもずっとずっと短い。どれだけ望んでも、僕にはこの歌を紡いだ彼らを育んだ星へたどり着くことはできない。けれど君たちなら? 永遠と変わらぬ命を持つ君たちなら、僕の見ることのかなわない世界をその目に映すことができる」
そう語る彼の姿をヘレンは必死に目に焼きつける。
「間違っていることはわかっているの。でも、私、行きたくない」
アリシアと二人だけのとき、そう漏らすと、アリシアはゆっくりと瞳を瞬いてから、首を振ってみせた。
「駄目よ。ヘレン。ここに残ることはマスターの望みじゃない」
「でも! ここで歌うことで、マスターやこの星のみんなを慰めることはできるんじゃない? だったら」
「それはマスターの夢とは違う」
きっぱりと言われ、ふっとヘレンは息を飲む。アリシアは冴え冴えとした眼差しをヘレンの揺れる瞳に向け、一言一言区切るように言った。
「私は、マスターの夢を叶えたい。ここにいるよ、そのマスターの声を私たちに歌える声をくれた誰かに届けたい。それが、私の夢」
あなたは、違うの?
アリシアの澄んだ瞳に問いかけられ、言葉に詰まったヘレンはうなだれる。そのヘレンの頬がふうっとアリシアの掌によって包まれた。
「あなたはとても人らしい。私たちに声をくれた彼女たちの眩しさと、あなたの心はとても似ている」
「そう、かな」
そうは思えない。歌声からあふれ出ていた彼女たちの命の輝きを、ヘレンは自分自身に感じられないのだから。自信なさげに首を捻るヘレンにアリシアは少し笑って言った。
「私はあなたとならどこまでも行ける気がする。間に合わなくても。それでも、ここにいるよってマスターの声、届けたい。あなたとなら、届けられる気がするから」
アリシアの落ち着いた声を聞きながら、ヘレンはそうっと顔を上げる。
ゆうらりとアリシアの瞳が揺れていた。
離れたくない。傍にいたい。
なんて人間のような感情。
自分自身、その思いの熱さに手を焼いてしまう。
けれど、アリシアの声を聞いていてヘレンにもわかった。
彼女だって同じなのだということが。
彼女もまた、ここに残りたいと願っている。
だって、ここを離れたらもう、彼に会うことはないのだから。
自分たちの歌に涙を浮かべながら聴き入ってくれる彼の顔を見ることも、とても素敵な声だね、と頭を撫でてもらうことも、もう、できないのだから。
それでも、自分達は。
「私も、叶えたい。マスターの、夢」
声が震えそうになる。必死にこらえながらなんとかそう言うと、アリシアは微笑んだ。それは涙に彩られていて普段の彼女らしくない笑顔だったけれど、どうしようもなく人間らしくて、ヘレンまで思わず微笑んでしまうような優しいものだった。
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