雨の見送り

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雨の見送り

 僕には親友がいる。彼女と会うのは曇りの日か雨の日と決まっている。  彼女がアルビノだからだ。晴れの日に太陽の光に当たると肌が火ぶくれしてしまう体質なのだ。  彼女と出会ったのは、父に連れられて彼女の家に往診に行ったときのことだ。同い年と言うことで一緒に遊ぶようになった。  僕らはたわいもない話をしたり勉強を一緒にしたりして遊ぶ。  それはいつもと同じことような暗い曇りの日だった。美術館で西洋絵画を見た後、本屋に行った。カフェで買った本を広げて芸術について話していたときだ。彼女の携帯がなった。  彼女がごめん、といって携帯に出る。  彼女はしばらく誰かと話した後、僕に向き直った。  「もう会えないかも」  彼女はそう言った。  「えっ、どうして」  「どうしても」  「いや、ちゃんと説明してよ」  「いいから」  「よくないだろ」  彼女は小さなため息をついて席を立つと、急いでカフェを出ていった。    それから彼女はメールにも出ず電話にも出なかった。  どうにかして連絡を取ろうとするが、できない。  そんなある日、いつものカフェで一人勉強していたときのことだ。  「君が夕子の友達かな」  大人の男の人がそばに立っていた。  「はい……そうですけど」  思わず返事をした僕に、彼は言う。  「私は夕子の叔父だ」  「彼女は?」  「そのことで話があるんだ」    僕は彼に連れられて動物園に行った。  着いたのは孔雀の檻の前だ。  「あれを見たまえ」  「白孔雀ですね」  孔雀の中に一羽、真っ白なものがいる。目が赤い、アルビノだ。  「綺麗だなあ」  そう言った僕に、男の人は笑った。  「綺麗、か」  そして彼は言った。  「あの白孔雀は、群れでのけ者にされているんだよ」  「えっ」  「夕子と同じさ」  その言葉に、周りの音が消えたようになった。彼は続けた。  「彼女はアメリカに行く。アルビノに効く治療法が開発されたから、それを受けに行くんだ」  「どれくらいですか」  「長い間、としか言えない」     僕たちは動物園を出て、駅の方に歩き出した。駅で彼と別れがてら、僕は聞いた。  「最後に、彼女と会えますか」  彼は、残念だけど、と首を振って人混みの中に消えていった。  僕は家に帰りしばらく考え込んだ後、思い切って外に飛び出した。  彼女の家に行ったが人気がない。  どうすれば彼女に会えるだろうか。言いたいことがたくさんある。  僕は最後の望みをかけて、空港行きのバス乗り場を目指した。  空港行きのバス乗り場は大勢の人でごった返していた。待合所では夕子の姿を見つけられなかったので、外へ出て、幾本もバスを見送った。  そのうちに夕焼けに染まる雲の合間からぎらつく太陽が出て来た。いけない、と僕は思った。  日差しは徐々に強くなり始め、六月の陽気をまだ辺りに漂わせている。  こんな天気じゃ、彼女は外を歩けない。どこにいるのだろうか。僕はバス乗り場を離れてあたりを見回す。  どこにも彼女の姿はない。もう無理だ。無駄だった。  帰ろうとした僕の頬に、当たるものがあった。触れると、手が濡れている。  ポツポツいう音がして、一瞬で周りが暗くなる。大きな音がして、雨が周りを覆い尽くした。  「夕立……」  雨雲が空を埋めていく。雨を避けようと早足になる人々を避けながら、僕は俯き、立ち尽くしていた。最悪の気分だ。  その時だ。  「何してるの?」  夕子の声がした。目をあげると彼女の白い髪が目に入った。  「見送り?」  旅支度した彼女が僕を見ていた。いつもの晴雨兼用傘をさしている。  「あっ……うん」  彼女は僕に傘を差し出す。   「そっか、ずっとそこのカフェで天気を見てたんだ。丁度、どしゃぶりになったから出てこれた」  僕たちは今や轟音を奏でる雨の中、一つの傘を分け合って話した。  「すごい雨だね」  「うん、でも、おかげで最後に会えた」  僕は彼女になんと言ったらいいかわからなかった。  最後の空港行きのバスが到着した。僕は言った。  「帰ってくるの、待ってる」  夕子は笑顔で頷くと、ありがと、と呟いた。    バスの扉が閉まり、彼女の乗ったバスは走り出した。  手を振りながらバスを見送る僕に降りかかる雨は、小降りになっていく。  記憶の中の彼女はいつも、曇りか雨の下だ。 弱くなって行く雨は、もうほとんど霧雨になっている。  雨の中の彼女に、いつか晴れた空の下でも会えるなら、それは嬉しい。  バスが見えなくなって、雨は完全に上がった。爽やかな曇り空の下、しばらくその場に立ち尽くす。  彼女が帰ってくるのを僕は待っている、いつまでも。
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