黒執事~やぎのゆうびん より~

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黒執事~やぎのゆうびん より~

 病院から戻ると郵便受けに封書が入っていた。淡いピンクの封筒だ。それを手に取り差出人を見る。白ヤギのお嬢様からだった。  急いで家の中に入り、改めて封筒の裏を確かめる。間違いなく白ヤギのお嬢様の文字だ。  なんだろう?体調を崩してお暇を頂いている僕にどんな用が?もしや体の具合を心配してくれているのだろうか?それとも早く復帰をしろと言ってきたのか?いや、まさかもう来なくてもいい、なんてことが書かれているのじゃないだろうな……。  不安になり封筒を開けようとしたのだがその前に、我慢しきれずにそれを鼻に押し付け、思い切り空気を吸い込んだ。お嬢様の麗しい手でしたためられた美しい文字。お嬢様のしなやかな指で閉じられた封筒。そしてお嬢様が唾液で貼付したと思しき切手。あたかもそこにお嬢様がいらっしゃるような芳醇な香りが僕の鼻腔をくすぐる。ついにはその全てが愛しくなり、思わずむしゃぶりついていた。  執事である僕に届けられた手紙は、気がつけば胃袋の中だった。お嬢様の手に触れたものが僕の血肉になることへの至福の快感に酔いしれていたが、すぐに後悔の念が湧き上がった。  大変だ。どうしよう。手紙になんと書かれていたのか分からなくなってしまったじゃないか。返事を書こうにもそれが分からないことにはどうしようもない。  散々悩んだ挙句、とりあえず手紙を出すことにした。食べてしまったことは隠し、雨に濡れて判読不能になったので再送してほしいとウソを書いて。      二週間が過ぎても返事は来なかった。  ウソがばれたのか?手違いで僕の手紙が届かなかったのかも?いやまさか、お嬢様も手紙を食べてしまったとか……。いや、それはないか。  でも気になって仕方がない。もう一度手紙を書くべきかと思ったけれど、自らお嬢様のお屋敷に出向くことにした。最近体調も快方に向かっているし、もうすぐ復帰しますとの報告を兼ねてのことだ。  お嬢様はお庭でゴルフの練習をしていた。僕を見たお嬢様は一瞬気まずそうに視線を逸らせてから再び僕を見た。 いやな予感を覚えつつも、 「お久しぶりです、お嬢様。このところ体調も……」 「ちょっと待って」  お嬢様は僕の話を遮った。 「ごめんなさい。連絡するの、忘れてた。あなた、もう来なくてもいいから」 「え?どうしてですか?お休みしていたのは体調を崩していたからで、これからは不休でお嬢様のお世話を……」 「そうじゃないの。休みどうこうじゃなくて」  お嬢様は少し言い淀んでから、 「ほんと、ごめんなさい。先に言っておくけど別に差別する気はないからね。ただ私、あなたを執事としてそばに置いていたのは黒ヤギだと思っていたからなの。でもあなたからの手紙で初めて知った」  え?あの手紙に僕の進退を決定付けるような重要なことなど書いた覚えは……。 「あなた、黒ヤギじゃなくて黒ヒツジなのね。私、やっぱりそばにいてもらうならヒツジよりも同じヤギのほうが……」  気がつけば白ヤギの手からゴルフクラブを奪い取り、滅多打ちにしていた。  あの手紙に何と書かれていたのか、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
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