6人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
06.お茶を飲むのと変わらないよね
郁人が道端でコーヒーの入った透明のカップの蓋に指をかけたとき、制服姿の武藤佐保が向こうから歩いてくるのが見えた。甘い果汁たっぷりの虹色の弾丸が、またまた郁人の胸を打ち抜く。
「武藤さん、いま帰り?」
郁人はできるかぎりの冷静さを装って佐保に声をかける。
「うん。合唱コンクールの練習が長引いちゃって」
「それだけがんばってるんだ、武藤さんのクラスは」
「特に私は合唱部の副部長だからね。それなのに私のクラスが下手な合唱だったら恥ずかしいじゃない」
「そうだよね、武藤さんは責任重大だね」
そう言った郁人は無意識にそのまま手にしていたコーヒーのストローに口をつけ、ひとくちコーヒーを吸い上げる。そのとき、やっぱり耐え難い苦味がたちまち口の中へと広がる。
しかも、武藤さんとこうして話せていることが嬉しすぎて、自分がブラックコーヒーを手にしているのをすっかり忘れていた。まだ砂糖もミルクも入れてなかったことも。
だから、今まで恐るおそるブラックコーヒーを飲んでいたときよりも多い量のコーヒーが口の中に入り込んできたことになる。お茶を飲むときみたいに。
それでも郁人はなんとか平静さを装う。ブラックコーヒーなんてお茶を飲むのと変わらないよね、みたいな表情で佐保に向き合う。
「俺、ブラックコーヒー好きなんだよ」
最初のコメントを投稿しよう!