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たった十分前のことを、前世のように思い出す日がくるなんて。
十分前、敵国領空内で偵察飛行をしていたおれともう一機は、向こう方の哨戒機に出くわしたのだった。こっちもひと通りの訓練を受けてはいるが、相手は数万時間分の経験とシミュレーションから生み出されたAI戦闘機だ。仲間は機ごと炎上し、おれは数分がかりで地面にたたきつけられようとしている。
『外部への通信を試したが、応答無しだ』
同じAIでも、アラコは軍のネットワークなどと接続し、現状を分析しながらおれを導く補佐役だった。外部との接続が切れた今は目も耳も失った状態だが、残った口まで閉じる気はないらしい。
「……強かったな、相手」
『というより、攻撃許可が出ていたことが驚きだ。こちらが有人機であることはわかっていたはず』
「見せしめかもな。人間だからって見逃してたらキリがないし」
『ならば本国は、君たちをここへ送るべきではなかった。なぜ……』
「そりゃ、最先端ドローンを買うより安上がりだもんなあ」
そもそも、アラコのいう「本国」はおれの故郷ではない。
おれが暮らしていたのは「本国」の「友好国」だ。トモダチが他の国と戦争をはじめたので、付き合いで参戦してる。味方の敵は敵ってやつ。
でも本心では、誰も戦場なんて行きたくない。昔は適当に、金だけ出してお茶を濁していたらしい。金の代わりに人間を出すようになったのは、国が貧乏になってスラムに子どもが増えたからだ。おれたちを派遣しとけば、何兆って戦争費用を払わずにすむのさ……と教えてくれたのは、先に死んだ仲間の一人だった。
しゃべる間も、重力は引っ張る手を緩めない。周囲はあいにくの空模様。眼下に広がる雨雲が、おれの行く手を灰色で遮っている。
「なあ、この下ってどうなってるんだっけ」
『離脱時の位置と気象情報から考えると、だいぶ東へ流されているな。とはいえ、草原地帯を出てはいないだろう』
「東か。このまま家まで帰れないかなあ」
おれの国は東にあるのだ。そこにおれの母親と、妹が住んでいる。
『悪いがそれは無理だ。遠すぎる』
「わかってるよ」
雨雲はすぐそこまで迫っている。中で一瞬ひらめいた光は、雷か。
「あのさあ、おれってもう絶対、助からないんだよな」
『ああ』
はっきり言われてしまった。アラコはおれの国の学者より頭が良い。そのアラコが言うのだから、おれはマジのマジで死ぬのだ。
「そっかあー」
気の抜けた声が出た。アラコは黙り込む。ほんと、人間みたい。
そのまま
おれは、雨雲の
なかに落ちた。
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