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入隊から三年。片時も離れずにいるせいで、アラコの声には即座に反応するクセが付いた。
はっと目を開く。大量の水がバイザーの表面を流れていた。水?
『大丈夫か、ワタル!』
次の瞬間、おれは雨雲をつき抜けた。水滴の一群となって空中へ飛び出したかと思うと、いち早く落下して集団の先頭に立ち、突き放す。とたんに視界が晴れ、雨が上がったかのような錯覚。
「……いや、上がったのはおれの方か」
『何? もう一度言い直してくれ』
何でもねえよと言いかけて、眼下の光景におれは黙った。
雨雲を抜け、地球はもう何の目隠しもなく広がっていた。白い山並み、薄青い地平線。黄色っぽい草むらに覆われた広大な土地。おれは今からそこに落ちる。
めちゃくちゃ巨大な現実が、わずかな希望の息の根を止めた。
なぜだか家に帰れるような気がしていたのだ。でも無理だった。クッションになるようなものは何もない。たとえ森や池があったとしても、骨も内蔵も損傷するだろうからそこから先が生き延びられない。でももし、いや今さら何考えてるんだ。アラコも言ったじゃないか。助からないって。
ああそうか。アラコ。
「アラコ。このまま地面に激突して、お前が助かる可能性はどのくらいある?」
『私には助かる、助からないという概念はない』
「そうじゃなくて。……じゃあ、機能を維持できる可能性と言い換えよう」
地球がどんどん迫ってくる。夢ならば覚める瞬間はとっくに過ぎている。おれは早口になった。
「もしお前が、今の機能と記憶を失わずにいたら。なんとかして母さんに伝えて欲しいんだよ、おれはこっちで楽しくやってたって。美味いものをたくさん食ったし、スポーツもやった。おれ専用の端末を持てて、停電も断線もないからネットに週百時間くらいつないでた。ガールフレンドも何人かできた。虫歯と、背中のぶつぶつは治った。あと英語の本を読めるようになった。この三年間は悪くなかった。だから気にしないで欲しい。
……そう言ってくれ」
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