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こんな状況なのに、言葉はすらすらと口をついて出た。これって三年間の条件付け教育の成果だろうか。すげえなおれ、冷静すぎてもう死んでるみたいだ。
『……英語の本は、私の翻訳を聞いていただけじゃないか』
「うっせえ、んなことどうでもいいんだよ!」
やっぱ駄目だ、情緒がアホになってる。おれは死ぬ!
「頼む、アラコ頼む。伝えてくれ」
『だが、私が着地後も機能を維持できたとして、本国に回収される確率は……』
「頼むから。わかったって言ってくれ。おれは、おれは死んでもお前の一部になって生き続けるんだって、そう思わせてくれ」
『……確率は、限りなく低い。だが、わかった』
「本当だな? いや、おい何がわかったんだ、言ってみろ」
『君のことを母親に伝える。君とともに生きる』
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、おれの心を凍らせていた恐怖が溶けて、流れ出ていくような気がした。
おれは安定姿勢のまま目を閉じた。着陸は脚から。アラコを、ヘルメットの中のコ・パイロットを衝撃から遠ざけねばならない。できることなら本体を飲み込んでしまいたい、文字通り一体化してしまいたいとも思ったが、ヘルメットをかぶったこの状況では不可能だ。
「アラコ、いいな? ……ありがとう」
『こちらこそ』
それきり黙ると、音が聞こえてきた。無音の音とでもいうのか、シュワシュワと心のなぐさめられるような、懐かしい音。
そして雨の匂いがした。
さっきの雨粒だろうか。おれは思った。追いついてきた雨は風に乗って草原をわたり、もう動かないおれの体にも降りそそぐのだろう。
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