35人が本棚に入れています
本棚に追加
夜から降っていた雨が上がり、彼女は胸をなでおろした。このところ雨続きで、汚れものが溜まっていたのだ。
「洗濯もの、外に干せるね」
お下がりの制服を身に着けた娘が、ひと足先に洗濯カゴを運んでくる。もともとしっかりした子ではあったけれど、この三年でさらに頼もしくなったようだ。
「後はやるよ。学校行きなさい」
「はあい」
洗濯カゴを受け取って共用の中庭に出る。狭小だが、まともな住宅に住めるようになったのはありがたいことだ。以前住んでいた場所は本当にひどかった。古くて、雨漏りもして。だがもう一度あのころに戻れると言われたら、きっと喜んで戻るだろうとも思う。
ようやく現れた太陽は、すでに大気中の水分を絞りはじめたようだった。今日は洗濯ものがよく乾きそうだ。林立する雑居ビルの隙間からは区切られた空がのぞく。あの子はどうしているだろう。ここにいない家族を想うとき、彼女はいつも空を見上げたくなった。
先ほどまで降っていた雨のせいで、あたりはあちこち水たまりができている。その一つを避けようとして、彼女は足もとに何かが光っているのを見つけた。カゴを片手に持ち直し、つまみ上げる。
銀色の、小さな玉だった。表面は細かい傷でくもり、へこみもある。耳もとで振ってみると、さらさらとかすかな音がした。何かの機械かもしれないが、すでに壊れてしまっているらしい。
こういうものを、ITゴミとして買い取ってくれる業者はあちこちにいる。だが少し考えて、彼女はそれを手もとに置いておくことにした。手のひらで転がしていると、なぜかとても心が休まる気がしたのだ。
「おかえり」
知らないうちにそんな言葉が口をついた。彼女は拾いものを胸ポケットにしまい込み、朝の支度に戻った。
最初のコメントを投稿しよう!