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翌朝、真っ青な顔をして帰宅した雪夜は服を泥だらけにしていた。山に捨てに行ったのか、とそれで判断しながらも気付かなかった振りをしてあくびをする。
俺がいることにびくりと体を強張らせた雪夜に、おはよ、と声をかける。
「玄関の鍵開いてたぞ。不用心だな。いつも気を付けるように言ってるだろ」
「亮太――」
ぼんやりとした目はどこも映していないようだった。判断力も鈍っているだろう。記憶を植え替えるなら今のうちだ、と俺は「何も起きていない」ことをわざとらしくアピールして植え付けることにした。
血だまりをそのままにしてしまったことを、きっと途中で思い出して焦っただろう。凶器を処分しなかったことに恐怖を覚えただろう。
けれど今、雪夜の目に映っているのは「当たり前の朝の光景」だ。
雪夜のベッドを勝手に借りて寝ていた親友、適当に作った朝飯。空気を入れ替えるために開けた窓から拭き込んでくる風でゆらめくカーテン。朝の光はのどかなほどに明るく、不穏さの欠片もない。
「今日も暑くなりそうだなぁ」
商店街で配られていたうちわで顔をあおいだ。
「あれ、僕……、あれ……?」
混乱を見せる雪夜をバスルームに行くよう促す。
「夜勤のバイトだったんだろ? 汗流せよ」
その間に俺は雪夜の汚れた衣類を洗濯機に入れて回した。
夜の間に行ってこの時間までに戻れる山はどこだろう――手に付いた土をいじりながら考える。
バスルームからはシャワーの音が聞こえてはじめてきた。怖い記憶も一緒にすべて流してしまえ、雪夜。
後始末は俺が代わりにやってやる。
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