罪に落ちた白い雪

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    *  前に雪夜と一緒に山に登りに行ったことがある。人目に付くことが苦手なため、雪夜の行動範囲はごく狭い。あいつが知っている山――咄嗟に頭に浮かぶ山はここだろうか、と半ば勘に頼って来てみたが、その勘は当たっていたようだ。 「俺なんかに予想されるような行動じゃ、警察にはすぐにバレるぞ」  何となく雪夜ならここを通りそうだな、この辺りを選びそうだな、というところを進み、探ってみれば、果たしてそこには雪夜が殺した死体があった。  埋めたというにはあまりに穴は浅い。殺された女性の髪の毛が土の隙間から見えていた。  周囲との景観の違いに気を回すこともないため、植物をかぶせるなどのカモフラージュもしていない。  とりあえず上辺だけ簡単に植物を寄せて隠して、いったん山の頂上を目指して登る。「山登りをした」という事実を作るためだ。自分だけが疑われるだけなら構わないが、その繋がりで雪夜が疑われてもいけない。「何のためにそこに行ったのか?」と問われて「山登りですよ」と単純な答えを出せるようにはしておきたかった。  薄暗くなるのを待って死体を掘り起こした。  それを俺はこっそりと、別の山に運んで深く深く穴を掘って埋め直したのだった。  そういうことを何度か続けた。  雪夜が絞殺した女子高生。殴殺した中年男性。眩しい「王子様」に付いてきてしまった小さな子供も、狙われ続ける雪夜には恐怖の対象でしかなかった。  SNSに勝手に写真をさらされることも、突然抱きつかれることも、夢の国の王子様として扱われることも、雪夜には等しく恐ろしい。  自分の知らない自分の像が、誰かの中で作られ好き勝手に蹂躙されているということに耐えきれなかったのだ。 「だけどこんな小さな子まで殺すことなかっただろう、雪夜」  さすがに哀れでそう呟いたが、殺してしまった命は戻ってこない。  俺にできるのは、雪夜を白いままにしておくことだけだ。  ほんのわずかでも、雪夜という人間の歴史に汚れがないようにしておきたかった。  雪夜はいつも同じ山に死体を埋めるものだから、いつかどこかでバレてしまうのではないかと冷や冷やした。  きっと何をどうすればいいのか、分からなかったのだろう。  起きた出来事に動転して、咄嗟の判断も上手くできなくて、ただ怖くて、怯えて、無かったことにしたくて必死で隠す。  上手くごまかすことも隠すことも雪夜には出来ないから、いつも俺が後を引き継ぐ。それが俺の使命だとさえ思っていた。  強い感情や出来事によって雪夜に黒い染みの作られぬように日傘を差し続けてやることが、俺のやるべきことだった。  雪夜は犯罪者になど向いていない。雪夜を殺人者にしてしまった相手が悪いのに、どうして雪夜が追い詰められなければならないのか。  雪夜が殺人を犯す度、俺はそばで日常を演じ続けた。平和で当たり前な日常を雪夜の記憶に植え付けて、怖いことは何も起きていないのだと刷り込み続けた。  雪夜が俺に不信感を抱くことがあるなど思いもせずに、そうして過ごしていた。
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