人型たち

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 ※※※ 「鹿島君、どうしたの? 鹿島君」  沖嶋は電話の向こうにいる鹿島に叫び続けたが、なんの応答も無かった。声どころか物音一つ聞こえない。  沖嶋は鹿島のアパートに行くしかないと思った。だが、先日鹿島から聞いたのは電話番号とメールアドレスだけで、住所までは聞いていない。  一度電話を切り、大橋に連絡して住所を教えてもおう。  そう思ったとき、電話の向こうから物音が聞こえた。 「鹿島君?」  呼びかけるが、応答は無い。耳を済ますと、物音は床を歩く足音のようだった。  ミシ、ミシという音が近づいてくる。足音が止まると、幼い少女の声がした。 「あなたも壁の中に来て」  沖嶋は恐怖に息を呑んだが、ひるまずに言った。 「お前は誰だ。そこにいる男に手を出すなよ」 「うふふ、あはははは」  少女の笑い声が聞こえた後、また物音一つしなくなった。  沖嶋はゆっくりと耳からスマホを離し、電話を切った。  少女はこう言っていた。「あなた壁の中に来て」と。つまり、鹿島はもう壁の中へ引きずり込まれてしまったのだ。  おそらく鹿島は少女に魂を抜かれ、壁の中に連れ去られたのだろう。今更助けに行っても手遅れだ。  沖嶋は鹿島が「教えてくれてありがとうね」とお礼を言ってくれた事を思い出し、後悔の涙を流した。  朝になり、沖嶋は大橋に夜の電話の事を伝えた。  二人は鹿島の様子を見に行くためにバス停で落ち合い、アパートへ向かう事にした。  沖嶋はバスに乗り、大橋に言われたバス停で降りた。大橋は先に着いて待っていた。  会ってすぐ、沖嶋は大橋に胸ぐらを掴まれた。 「お前、大丈夫って言ってたじゃねえか」 「……ごめん」  沖嶋は謝る事しかできなかった。  大橋は手を離して言った。 「……別にお前が悪いって言いたいわけじゃねえよ。ていうか、お前をあいつに紹介したのは俺だしな。お前に罪があるとすれば、俺も同罪だよ」 「……」  二人は黙って歩きだした。重い空気がのしかかる。  先に沈黙を破ったのは、大橋だった。 「なあ、鹿島を襲ったのは、俺があの部屋で見た女の子なのかな?」  沖嶋は頷いて答えた。 「そうだと思う。電話で女の子の声を聞いたから」 「でも、悪意は感じなかったんだろ? 鹿島から送られてきた写真を見てもさ。じゃあ、なんで……」 「……これは僕の憶測だけど、女の子は、あの部屋で殺された子供の幽霊なんだと思う。だから、あの部屋に住む人が殺されないように、壁の中に隔離してるんだ」 「じゃあ、助けるつもりで殺してるって事か?」 「そう。だから悪意を一切感じなかった。鹿島君が見てた黒い人型も悪霊じゃないよ。人型の正体は、壁に引きずり込まれた人達の幽霊だ。彼らは住人を守るために、女の子の力を遮断する盾になってる。だから住人には女の子の霊が見えなくて、代わりに黒い人型が見えるんだよ」 「……なあ、沖嶋には女の子の霊を除霊する事ってできないのか?」 「無理だよ。鹿島君の写真には、赤い人型がはっきり写ってた。写真に写るって事は、本当に壁が赤く染まってたって事だ。普通の幽霊にそんな事はできない。大抵の幽霊は、人間の精神にしか影響を与えられないんだ。物理的な影響を与えられるとしたら、それはよっぽど力をもった幽霊って事になる。そんな化け物を下手に除霊しようとすれば、こっちが殺されちゃうよ」 「そんな化け物が、なんであのアパートにいるんだ?」 「そこまでは分からない。鹿島君の部屋で何があったかなんて」 「そっか。ま、知らない方がいいのかもな」 「……そうだね」  二人は会話しながら歩き、五分程でアパートに着いた。階段をのぼり、203号室の前に立つ。  ドアには鍵がかかっており、チャイムを押しても応答は無かった。  こうなれば、一階に住む大家さんに鍵を開けてもらうしかない。  二人は階段を降り、101号室のチャイムを鳴らした。すると、七十代くらいのお婆さんがドアを開けた。 「どちら様ですか?」 「あの、このマンションの大家さんでしょうか?」と沖嶋。 「ええ、私が大家ですよ」 「あの、僕達は203号室を借りている鹿島という男の友達なんですけど、昨日から連絡が取れないんです。部屋には鍵がかかっていて、だから合鍵で開けてもらえないでしょうか?」 「ええ、いいですよ」  大家さんは部屋の奥から鍵を持って出てきた。三人は二階に上がり、大家さんが部屋の鍵を開けた。  中に入り、大橋が鹿島を呼ぶ。 「鹿島、大丈夫か」  返事は無い。玄関を見ると、鹿島の靴が置かれていた。やはり外出しているわけではないらしい。  二人は靴を脱いで部屋に上がった。  大家さんは「ここで待ってますから」と言って玄関に残った。  短い廊下を渡り、沖嶋が和室の戸を開ける。  入り口のすぐ近くに、鹿島が倒れていた。 「鹿島君」  沖嶋が鹿島の身体に触れた。だが、身体は石のように冷たく、心臓は止まっていた。 「ごめんね、鹿島君」  沖嶋がそう呟いた時、大橋が怯えた声で言った。 「あれ、お前にも見えるだろ?」  沖嶋は大橋の視線の先を見た。  和室の壁の中央に、赤い肌の少女が磔にされている。 「見えるよ。大橋君が言ってた通りだね」 「でも、前に見た時と違う」 「違う? 何が?」 「前に見た時は、笑ってなかった」  少女は目を閉じて微笑んでいた。その目がゆっくりと開き、沖嶋を見据えた。黒い、穴のような目だった。 「来てくれたんだね」  少女が嬉しそうに言った。
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