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 ジューンブライドって言ったら聞こえはいいけれど、梅雨真っただ中の日曜日がお天気になる確率は高くない。今日だってしとしとと雨が降っている。私は水滴の流れる窓に目を向けた。  悪くない。  雨粒のせいで磨り硝子のようになった窓に色が滲んでいる。すぐ手前には木々の緑、その向こうに、暗い空を映した湖の灰色。それらは滴が落ちるたびに色のトーンや形を変える。私はその万華鏡がとても気に入った。今日が雨でよかったと思った。新郎新婦には申し訳ないけれど。  反対側に目を向ければ淡い色の花々で飾られたパーティー会場だ。そんなに大きくはない。とはいえ招待客も多くはないのでテーブルはゆったりと設えられていた。その間を幸せそうな男女が渡ってゆく。皆とゆっくり話したいと言って、余興もお色直しも無し。せっかくのひな壇に座っていたのも最初だけ。満面の笑みはお日様みたいで。だから、外は雨でも太陽はここにちゃんとある。  ゆっくりじっくり回ってきたお日様が、新婦の親族席に辿り着いた。もう式も終盤だ。上座のテーブルから順に、綺麗にデコレーションされたデザートのお皿が供されている。それをちらりと横目で見て、私はお日様の方に目を向けた。  花嫁とは顔見知りだ。明るく可愛らしい子で、義妹として申し分ない。何より、昔から器用で卒がなくてだから可愛げもなかった弟がベタ惚れで。見ていて面白い。だから今日は楽しみにしていた。  あの弟をして「『お兄ちゃん』には敵わない」と涙ぐませた、義妹の大好きな従兄(お兄ちゃん)。さぞや素敵な王子様なんだろうと期待して。  なのに。  私は花嫁に微笑み返す青年を見てがっかりしている。  ふつうの。清潔感があって感じはいいけれど、これといった特徴もない普通の子だ。子、と呼ぶのは失礼かもしれない。少し年上な気がする。だけど人の好さそうな笑顔が庇護欲を掻き立てるのだ。  それにしても、客観的に見てうちの弟が負ける要素が見当たらない。身内の欲目なんて持ち合わせていないつもりなのにな。姉弟仲はいい方だと思うけど、弟大好きお姉ちゃんはちょっと嫌だなあ。そんなことを考えながら、ついつい観察してしまう。 「あ、」  花嫁と和やかに談笑していたお兄ちゃんの瞳が不意に曇った。唇の端が僅かに引き攣って、それから刹那目を瞠る。ほんの一瞬のことで、私が殊更に見つめてさえいなければきっと誰にも気取られなかったろう。だってお兄ちゃんはもう、さっきまでと同じ笑みを顔に貼りつけている。だけど私は見てしまった。そして何となく察してしまう。可哀想なお兄ちゃん。  花嫁が大好きなお兄ちゃんに手を振ってこちらに歩いてくる。新郎の親族席まで挨拶が終わったら式もいよいよフィナーレだ。雨足が強くなったようで、硝子を打つ音が静かなクラシックの音色に混じる。  再び目を向ければ、少し肩を落としたお兄ちゃんがデザートにフォークを入れていた。クリームの塊を口に運ぶと、ちょっと頬に赤みが差した。甘党だろうか。私の鼓動がとくんと跳ねる。  普通の男の子だ。  私はとくとくと打つ心臓から意識を逸らせて、近づいてくる二人に笑顔を向けた。 「おめでとう」  今日はもう数えきれないほど聞いたに違いないありきたりな祝福に、義妹は花がこぼれるような笑顔を見せ、弟は変な顔で「おお」と応える。花嫁のヴェールを飾るガーベラに気を取られたふりをして、私と目を合わせようとしない。淡い色が真っ白なトルコ桔梗の間に咲いてとても素敵だけれど、そんなに凝視しなくてもいいでしょうに。照れちゃって。可愛いとこあるじゃない。  揶揄ってやりたいところだけれど、今日はお祝いの席なのでそれはナシ。だって私も嬉しいもの。可愛い弟が幸せになって、そのうえ可愛いい義妹が出来るんだから。  そんな幸せな日だから、二人と話しながらも私の意識はお兄ちゃんに引かれる。私の勝手な妄想が当たっているとは限らない。だけどまるで失恋をしてから恋心に気づいたような顔だった。小さなケーキは暫し気を紛らせてくれたみたいだけど、お皿はもう空だ。  ケーキを焼いてコーヒーを淹れて、抱きしめるみたいに優しい香りで包んであげたい。  普通の男の子だ。  一目惚れするような王子様じゃない。  でも。  私は弱ってるものにとても弱い。
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