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 弟夫婦が新婚旅行から帰ってきた。二人揃って挨拶に来てくれる。ハワイ土産の定番、マカダミアナッツチョコレートを持って。義妹は天真爛漫でちょっと身勝手に見えるところもあるけれど、相手を気遣える優しい子だ。  昼間には義妹一人でお兄ちゃんのところにも挨拶してきたらしい。お兄ちゃんはいったいどんな気持ちで応じたのだろうか。私の心はちくんと痛んでとくんと跳ねる。  これは恋ではない。だからといって同情でもなくて。あの日、雨の万華鏡に囚われたみたいだ。雨粒に映る緑色や灰色の間に、切なげに揺れる瞳の色が混じる。それから、少し染まった頬の色が。 「今度、お店に来てくれるって約束したんです」  目の前で嬉しそうに義妹が手を合わせる。 「お店って、カフェの方に?」  私が訊くと義妹は大きく頷いた。うちの両親は古書店をやっていて、私は併設されたカフェを任されている。二階建ての小さな建物で、一階がカフェで二階が古書店だ。義妹はそのカフェを手伝ってくれている。弟と出会ったのもそれが縁だから、なんなら私はキューピッドかもしれない。 「だってすごく素敵なお店だからお兄ちゃんにも紹介したくて。それにお兄ちゃん、本が大好きなんです」  家族同然という話は以前から聞いていたけれど、職場に呼ぶほどか。これは弟がしょげかえるのも分からなくないな。ちらりと弟の方を見ると諦めたように肩を竦めている。  こんなに好かれていて、それでもこの子が選んだのは弟なんだな。そう思うとますます切なくなる。お兄ちゃんは翳った瞳を誰に慰めてもらうのだろう。慰めてくれる誰かがいるのだろうか。 「いついらっしゃるかも分かっているの?」  その質問にも、義妹は輝く笑顔で頷いた。
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