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子供の頃にはあったような気がする夏の夕立は、いつの間にかゲリラ豪雨に取って代わられた。急に降りだす大雨を嫌ってか今日は客入りが悪い。その僅かなお客さんも、一度雨が上がったタイミングで帰って行った。それに続くように両親も下りてくる。
「上はもう閉めたわ。あなたはどうする?」
雨を嫌って店じまいを早めたらしい。カフェの方も今なら客も入っていないし、店を閉めても障りは無い。けれど私は首を振った。
「私はもうしばらく開けておくわ」
両親を見送って戸口から見上げれば空はどんよりと暗い。またひと雨来そうだ。これではますます閑古鳥だろう。開けておく意味なんて無いのかもしれない。
だけど、今日は水曜日だから。
水曜日にはお兄ちゃんが来てくれる。初めて義妹がいないのに来た日が水曜日だった。私が首を傾げると、
『水曜は残業が無いんです。だからゆっくり本が読めると思って』
そう言って、少し照れたように笑った。笑顔を向けられたのは初めてで。お愛想でも嬉しかった。
時計を見ると五時を少し回っている。勤め先はひとつ先の駅だと言っていた。いつも、わざわざひと駅で途中下車して寄ってくれるのだ。
「でも、さすがに今日は来ないかしら」
こんなお天気だもの。途中で降りるなんて億劫かもしれない。歩いている間に降られたりしたらうんざりするだろうし。
「約束してるわけでもないしなあ」
言葉にすると溜め息が漏れた。そんな私の心を映すみたいに、窓に雨粒が落る。ぽつぽつと水玉を描き、あっという間に境目も消えて流れてゆく。
「あーあ」
これは待ちぼうけ決定だ。こんな雨の中、来てくれるわけがない。
「どうせお客さんも来ないだろうし、コーヒーでも飲もうかしら」
自分のために淹れるコーヒーが落ちるのを待つ間、カウンターの隅に置かれた紙袋を引き寄せる。今日はアイスボックスクッキーを焼いてきた。でも、どうやらもう出番はなさそうだ。
「上手に焼けたと思ったのにな」
ざらざらとお皿に出して摘み上げる。さくりと甘さが広がると泣きたくなった。
無駄なこと。
せっせとお菓子を焼いても、太陽を目指す張りぼてに羽根を満たしても、私の足は竦んでいる。地を蹴ることも、一歩を踏み出すこともできはしない。
「情けないなあ」
コーヒーに口をつけたとき、カランと音を立てて扉が開いた。同時に土砂降りの雨の音が傾れ込んできて、扉が閉まって雨音がまた遠ざかる。それから、少し慌てた声が響いた。
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