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翌週月曜の朝。
教室に入ると、里美と目があった。
おはよう、と手を上げると、里美は気まずいような顔をして目をそらした。
数秒の間、教室が静かになった。
女子たちのおしゃべりが一斉に止んだのだ。
本郷はすでに着席していた。
いつもどおり、窓際の席で一人本を読んでいた。それが小説とかではなく、高校数学の参考書だということを、最近知った。
背中をつつかれた。
振り返ると、後ろの席の竹中至が顔を寄せてきた。
「聞いたぜ、パシュトゥンとつきあってるだって?」
そうささやいた。
パシュトゥンというのはもちろん、本郷のことだ。
池袋で姿を見られたのだろう。そういう誤解をされても仕方のない雰囲気だったろうと思う。
サングラスをしていても、本郷の中学生ばなれした体格や肌の色は隠しようがない。
――ああ、つまらないな。
胸の奥に、そんなつぶやきが浮かんだ。
「んなわけねーだろ、ばーか」
次に続けるべき言葉を考えながら、俺は軽薄に言った。
「昨日の池袋だろ? あれは本郷じゃねえよ。普通に日本人。誰かは言えねえけどな」
「マジか? でも、その女とつきあってんだろ。やってんのか? 毎日やってんのか?」
「教えねーよ、ばーか」
竹中はものごとを深く考えるタイプではない。信じただろう。
周囲で耳をそばだてていた何人かも、きっと信じる。
騙されないやつもたくさんいるだろうが、彼らの見える範囲で俺と本郷が接触しなければ、噂は次の噂に流されて消える。
夏休みまで残り一週間。二学期にはみんな忘れているだろう。
たいした問題ではない。
俺はそう考えた。
胸痛の気配に気づかぬふりをしながら、大した問題ではないと、胸の中でくりかえした。
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