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 この神社には以前来たことがある。それを思い出した。  まだ、父と妹のいたころだ。  父の大きな手を握って歩いた記憶がある。父の肩の上には、妹が乗っていた。  母はどうしていただろうか。思い出せない。  そこにはいなかったのではないか。母と、祭りの華やぎはあまりに似合わない。    匂いや音は、記憶にあるものとあまりかわらない。  ただ、出店の中をのぞくとなつかしさは消える。  商売をしているのは移民や難民ばかりだからだ。  昔は、こういう場所に出店する権利は厳重に管理されていたと聞く。  つまりはヤクザの領分だったわけだが、今は、様々な系統のギャングにとってかわられている。  それがいいとか悪いとかではない。  ただ、そうなっているのだ。   「難しい顔してる」  不意に下のほうから里美の声が聞こえた。 「ばかめ、もともとこういう顔だ」 「誰かの事考えてた?」 「だから、なんでもないって」    俺と本郷についての話は、とっくに賞味期限を過ぎている。  竹中などおぼえてもいないだろう。  里美は別だ。彼女をごまかせるとは思えない。  だが、何をごまかす必要があるというのか。  少なくとも関係性については、何も秘密にするようなことはない。  里美が俺の横顔を見つめているのを感じながら、参道の石段を上った。  やがて夜空が明るくなり、どどん、と爆音が鳴った。  いろとりどりの光の花が、次々と咲いては散っていく。    ああ、夏なのだなと、俺は今更のように思った。           
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