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 閉め切った窓を通り抜けてきたデモ隊の怒声が、今日も教室に響いていた。  数学教師は自習と言い残して出て行ってしまった。  自由、と言われたようなものだが、なにをするにもうるさすぎて落ち着かない。イヤホンをしてスマホから音楽を流すか、ゲームをするか。クラスの半数がそんな感じで、十人ほどは誰かとテキストを送りあっている。残りは勉強していて、ただ一人、本郷だけが何もせずに窓を見つめていた。  俺は、その本郷の背中を見つめていたことになる。  その背中が、いきなり動いた。  ふりかえった顔が、まっすぐに俺を向いた。  怒り。恥ずかしさ。  そういう顔だと思った。  教室にいるときの本郷の表情は、サングラスをしているときよりも読みにくい。  彼女は右の拳を握り、親指を立て、それを突き刺すように自分の胸に向けた。  覚悟。  そういう顔だった。  思わず立ち上がり声を上げそうになる俺を、本郷は目で制した。  苦笑いのようなものを、かすかに浮かべた。  本郷は椅子を引き立ち上がる。  何人かが気づいて顔を上げる。  もちろん誰にも何も言わず、誰とも目を合わせず、誰からも声をかけられないまま、彼女は教室を出て行った。    俺は静かに立ち上がり、窓の外を見下ろせる位置に動いた。  里美が少し離れた位置で同じように外を見ている。   やがて、グランドを横切っていく本郷の姿が見えた。  本郷は校門前までまっすぐ歩いていき、デモ隊を前にして立ち止まった。  どういう話をしたのかはわからない。もちろん、聞こえるわけがない。  だが、十分ほどの後、デモ隊はその場を離れた。  本郷も教室に戻らなかった。  そのまま、学校を出て行ってしまったのだ。           
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