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 本郷にそれ以上話すべきことがあったかどうか、わからない。彼女はうつむき、涙を懸命にこらえているように見えた。  こいつは、俺に思わせようとしているよりも、ずっと繊細で優しい。  すでに分かっていたことだが、あらためて実感した。  母が立ち上がった。  そして、信じられないことをした。  本郷の手をとり、こう言ったのだ。 「苦しかったのね。でも、もう大丈夫だよ」と。  一瞬、熱を持った真っ黒いどろどろとしたものが俺の中で沸き上がった。 それが何か見極めるまえに、あとかたもなく消えた。  残ったのは、いつも見慣れた絶望だけだ。  母に手を握られて泣き出す本郷を、俺は冷静に見つめていた。  何も感じなかった。  いつものように、何も感じなかった。  感情は敵だ。  感じてしまえば、それはきっと痛みになる。  だから、俺は何も感じない。  何も感じない。      
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