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8
年末が近い。
横浜駅前の雑踏に、俺はたたずんでいた。
街はきらきらと華やぎ、穏やかな雑踏に満ちている。
スマホが震え「今 どこ?」とラインが入った。
俺がスマホを取り出す動作を見ていたのだろう、顔を上げると、かすかに見覚えのある少女が、二十メートルほど先でぎこちなく手を挙げた。
俺は微笑んで手を振り返す。
少女の顔がぱっと輝き、犬がしっぽをふるように忙しく手を振る。
駆け寄るようにお互い近づき、顔を見つめあった。
「お兄ちゃん、おっきくなった」
「沙耶も、大人っぽくなったな」
「もう中学生ですから」
母は父と妹の連絡先を知っていた。
自分から父と接触することはしなかったが、俺にそれを教えることは拒まなかった。
両親がどうして離婚したのか、そのとき何があったのか、実は俺は何も知らない。
思えば、父の側から接触があってもよかったはずなのだ。母がああいう状態だと父が知っていたなら、俺は父から見捨てられたようなものだった。
「行こう! お父さん、車で待ってる」
うきうきした様子で妹は言うのだが、俺には竦むような思いがあった。
最近は出なくなった吐き気や胸痛の気配が、身体の奥でうごめいた。
と、背中に衝撃を受けた。
「ここまで来てビビんな」
六華の掌が俺を叩いたのだった。
「うわぁ……六華さんですか? ……うわぁ」
「そんな挨拶があるか」
「だって、モデルさんみたい」
「私なんかせいぜいプラモデルだ」
「わりとおやじギャグだぞ、それ」
「なあ、私は本当にここにいていいのか」
「ここまで来てビビんな」
「うるせっ」
そう吐き捨てた六華の息がふわりと白いかたまりになる。
雪でも降ればいいなと、俺は空を見上げた。
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