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 本郷は中庭の片隅にいた。日陰の、古びたベンチ。  人気がないところを順に探していけば、見つけるのにそう時間はかからなかった。 「よ」  声をかける。  昨日見た彼女の姿はラウドロック系バンドのベーシストのようだったが、制服姿だとおとなしそうに見える。成績優秀、スポーツ万能。だが休み時間には存在感がまるでない。無造作に伸ばした黒い髪は自然なウェーブがかかっていて、女子たちに羨まれるほど美しい。青い目も特徴的だ。その眼を彼女は、突きさすように俺に向けた。 「あんた、何?」  声は静かだがおそろしく冷たい。 「牟田康介です。昨日たすけてもらった」 「そういうことを言ってるんじゃない」 「お礼を言いたかっただけだ。邪魔する気はない」  そう言いながら隣に座ろうとすると、殺意を感じるような視線を向けられた。俺は中途半端な動きをしてまた立ち上がった。 「あんたのことは知ってる」  缶のオレンジジュースを飲みながら、本郷六華は言う。  そりゃあ同じクラスだからな、とは思うが口には出さない。 「体はちょっと弱いけれど、頭脳明晰。よく気が回り、誰にでも優しい。おしゃべりではなく、むしろ控えめだけど、いざというとき頼りにされる。クラスの女子の何人かが恋してる。立派なもん、カースト上位って感じ? でも、私はあんたみたいな人とかかわりたくない」 「どうしてだ?」 「いつか、きっとボロを出す。偽善者だって言ってるんじゃない。ただ、そのうち壊れるだろうと思ってるだけ。その現場に私はいたくない」  なるほど。よくわかっている。  人間に興味がないわけではないらしい。 「教えてほしい。昨日、何があったのか」 「ここでは話したくない。あんたと一緒にいるところを、誰かに見られたくない」 「どこならいい?」 「今夜七時、池袋東口のマック。私服推奨、目立たないやつ」 「七時は無理だ、塾がある。八時半ではどうだ?」 「それでいい」  本郷は弁当(コンビニで売ってるようなものだ)を片付け、立ち上がり、そのまま立ち去って行った。  これ、デートみたいじゃないか?  つかのま、そんな考えが頭をよぎって消えた。  もちろん、そんな甘ったるいものではなかった。            
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