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池袋東口。
ユスフと別れたあと六華は、下を向いて押し黙っていた。
何を考えているかなど、もちろんわからない。ただ、どんな気持ちでいるのか想像することはできた。
六華は父を恥じている。そして、父を尊敬できない自分をもまた恥ずかしく思っている、きっと。
家族を尊敬したり愛したりできない事実を、すべて相手のせいにするのは簡単なことではない。それは、ある程度の信頼関係があるからこそできることなのだ。
自分のせいだと思う。自分がおかしいのではないかと思う。
被害者になりきって、心のそこから憎むことができたら楽だろう。
だが、本当は愛したいのだ。愛されたいのだ。
だから、家族であることは苦しい。
俺はためらいながら六華を抱き寄せた。俺の背もだいぶ伸びたが、まだ彼女のほうが高い。
「場所考えろ。人前で抱きつくな」
そう小さくつぶやいたが、六華は俺の腕を振り払おうとはしなかった。
何を言えばいいのか。
俺は六華のように的確に言葉を操る能力はない(それはきっと、彼女が医者になったときに役立つ力だろう)。
場違いかもしれない。
頭に思い浮かんだのは、かなり飛躍したことだった。
だが、確かに俺の心にあることだ。
だから言った。
「俺とおまえなら、きっといい家族になれる……子供たちも幸せにできる……きっとできる」
六華がはじめて顔を上げた。
ぽかんとした表情が、やがて失望にかわった。
「おまえ、それをこの流れで言うか、普通?」
「あ、やっぱりまずかったか?」
「まずいっていうかさ……」
六華は、呆れた顔で頭をふり、やがて笑い出した。
そして、俺の背中にまわした腕に、ぎゅっと力をこめたのだった。
了
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