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 東口のマックは混んでいた。席の九割が埋まっている感じだ。  本郷は先に来ていた。  へそが露出している短いTシャツに、実用性があるとは思えないだぼだぼのパンツ。靴がエアジョーダンなのだけはわかった。  サングラスをしていた。  青い目を隠したいのだとは思うが、目立たない恰好というのはなんだったのか。  ビックマックのセットを頼んでいた。  俺はバニラシェイクだけだ。 「そんなに食べて、夕食が腹に入るのか?」 「大きなお世話。これが夕食だから、問題ない」  そういえば昼もコンビニ弁当だった。何か家庭の事情があるのだろう。その話題は掘り下げないことにした。  サングラスのおかげで、昼休み話した時よりも印象はやわらかい。 「正面、座っていいか?」  念のため尋ねた。 「あんた何しに来たの」  ありがたいお言葉をいただいた。 「あんたは、駅構内でジャンキーに襲われた。なんとなく殴ったのか、なにか盗ろうとしたのか、それはわからない。とにかく、パシュトゥン人地域ではそういうことは普通にある。あんな駅で降りたあんたが悪い。意識が低すぎる」  前置きもなく、本郷はいきなり本題に入った。 「そこにたまたま私が通りかかった。ジャンキーが完全に翔んでる状態でなくてよかった。私はそいつに声をかけただけ。私もあんたも何も失わなかった。以上。お礼を言われる筋合いはないし、パシュトゥン人を代表して謝罪するつもりもない」 「あそこが地元なのか?」  深い意味のある発言ではなかった。なんとなく話をひろげたくなっただけだ。だが、答えはなかった。  ただ、サングラス越しでもわかる、冷たい一瞥が返ってきた。 「怪我はどうなの」  下を向いてポテトをかじりながら、やがて本郷がぽつりと言った。 「厳密には、来週検査の結果を聞きにいかなくちゃならない。何もなさそう、という話だったけどな」 「はっきりした時点で、領収書を見せて。その分はうちで持つから」 「それこそ、本郷が気にする筋合いじゃない。小遣いで払いたい額でもないだろう」 「お金はあるんだ。馬鹿みたいにある」  紙パックのなかのポテトに手をのばしながら、本郷は言った。少し寂しそうだと感じたのは、気のせいだったろうか。 「うちの父親は、メルセデスのSクラスに乗ってる。汚い金。どうやって稼いでるかなんて、とても言えない」 「すごいな。うちの車は十年前の軽だぜ」  そう返すと、我に返ったように本郷の手が止まった。 「自慢したかったわけじゃない。ただ、汚い金だから、せめてきれいな使い方をしたい。そう思うだけ」  声が細くなっていた。そこではじめて、休み時間に窓側の席で一人で本を読んでいる制服姿の本郷と重なった。 「本郷が悪いわけじゃない。本郷は汚くない」  なんとなくそういうと、本郷がぱっ、と顔を上げた。サングラスのせいで表情はわからない。だが、 「そういうのやめな」  やがてそう言った。 「何が?」 「お人よし。自分が損するだけ」 「俺は何も損してない」 「してる。気づいてないだけ」    本郷の言うことはわからなかった。もう少しだけ話したかったが、そろそろ家に帰らなければならない。  本郷が領収書にこだわったので、連絡先を交換した。  彼女のアドレスを知っている生徒は、学校中で俺一人だけだった。  そういうことを知るのは、しばらくたってからのことだった。   
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