6/6
前へ
/40ページ
次へ
 帰宅した。  母が待っていた。 「遅かったのね、なにかあったの」  ぞっとするような無感情。 「塾で……ちょっとできてないところがあったんで、少し自習室に残って……復習してました」 「そう。それならそうと連絡してくれてもよかったんじゃない」 「ごめんなさい。配慮が足りませんでした」 「いいわ。ごはんたべるよね?」  母がにっこりと微笑んだ。 「はい、もちろんです」  緊張が解けないまま、そう答えた。  着替えて、食卓につくとすでに夕食が並んでいた。   なにもかもが冷え切っていた。  冷めているのではない。  おそらくこれは、冷凍庫に入れられていたのだ。  さすがに、すぐには手がでなかった。脇の下を嫌な汗が伝った。唾を飲み込む音を、聞き取られたかもしれない。 「どうしたの? お母さん、疲れてたけど一生懸命作ったのよ」  止まっていてはいけない。頭の中は超高速でからまわりを続けていたが、それだけは判断できた。 「いただきます」  手をあわせてそう言い、茶碗を持つ。  飯粒が硬い。なかなか箸が通らない。どうにか一塊切り出し、口に投げ込むが、とても噛めない。冷水のような味噌汁で流し込む。  その様子を、母は対面の席でじっと見ている。  顔を上げて、母がどんな表情をしているのか見る勇気はない。  うつむいたまま、視界の端でとらえているだけだ。 「どう? 上手にできてるかしら?」  母の口が動くのが見えた。  答えに窮した。選択を間違えると危険だ。 「とても……おいしいです」  かろうじてそう言った。呼吸がとまるような十数秒が過ぎた。 「……そう、よかった」  穏やかに微笑んで、母はそう言った。  それがかえって怖い。  爆発物を前にした緊張感は、それが起爆する瞬間までずっと続くものだ。  怒り狂った母にめった打ちにされる。  その瞬間を恐れているのか、期待しているのか、ときどき自分でわからなくなる。  きりきりと胃が痛んだ。  こみあげる吐き気を押し戻すように、凍った飯粒を喉に流し込んだ。   
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加