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 背の高い女だ。  タイトな黒デニムに包まれた脚は細く長い。短いTシャツの裾から露出したウェストはみごとに引き締まっている。  サングラスをかけているが、それがかえって顔立ちの美しさをひきたてている。  とても中学生には見えない。  そうだ。遠くから近づいてくるのは、本郷六華だ。  池袋東口。サンシャインシティ手前の植え込みのところで、俺は本郷と会った。  サングラスをちょっとずらして俺の顔を見下ろし、本郷はこう言った。 「よう、学年10位」  サングラスをかけ直し、かすかに微笑む。  意外だった。そんな憎まれ口をたたくタイプだとは思っていなかった。 「うるせえな。たまにはおまえらにも、一桁台の景色を見せてやらなくちゃいけないだろ」  聞いていない。俺を無視して歩き出している。 「おい、どこ行くんだよ」 「ケニーズハウスカフェ」 「え?」  目の前のサンシャインシティを指さした。 「私がおごる。すぐそこだし」  630円もするオレンジソーダを飲み干したあとで、本郷はバッグから封筒を取り出した。  受け取る。治療費が、10円台までぴったりの金額でそこに入っている。 「やっぱり調子悪かったの?」  そう言われた。 「違う。そんなこと気にしてたのか」 「気にしてたってほどでもない。確認したかっただけ」  本郷はそう言い、俺を正面から見つめる。サングラスをしているからはっきりわからないが、たぶん顔を見てはいない。視線を感じるのは顎の下あたりだ。  居心地の悪さを感じて、俺はポロシャツの襟を触った。 「受験は、都立北園?」 「ああ。近場だとその辺しかないだろ」 「公立しばり?」 「そう。本郷は?」 「まだそんな絞ってない。とにかく、レベルの高いところ」 「入ってからつらくなるぞ」 「そうかもね」 「なにか、目指してるのか」 「そうかもね」  ソフトクリームが来た。 「これ旨いよ。牟田も頼めばよかったんだ」 「アイスの違いなんてわかんないって」  実際、その通りだ。俺には味覚があまりない。  ソフトクリームを食べながら、また本郷の視線を感じた。やはり顎の下だ。 「あんたは、何かあるの?」  風船がしぼむように、肺から空気が抜けた。空っぽになる。弱弱しい声が出た。 「ないよ。俺には」 「『俺には』?」  問い返された。ぐらりと頭のなかが揺れた。  胸痛。過呼吸の気配。 「それは、誰にやられたの?」  さりげなく、本郷は訊ねた。  顎の下。絆創膏で隠した、母の指の跡を指して。   
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