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シルエット症候群
僕の話をあらかた聞き終えた初老の医師は、「なるほどねぇ」と呟きながら顎を摩った。
「それでこの症例を専門に扱っているからと、こちらの病院を紹介されたんです」
僕はすでに袖を捲ってあった右腕へ、再び視線を落とす。
最初に気付いたのはいつだったか。
ふとした時に、小さなホクロかと思うくらいの真っ黒な染みを、前腕の中央辺りに発見したのは。
それは日を経るごとに徐々に面積を広げ、今では右腕の手首から肘下にかけてまで、濃い墨で塗り潰されたような黒色に変色してしまっている。
「先生……、シルエット症候群とは、いったいどういう病気なんでしょうか?」
僕へ診断を下し、この病院を紹介したかかりつけの医師は、自分はこの症例にはあまり詳しくないから、ここの病院で聞いてみてね、と、それだけだった。
未だに僕にとって、この黒く化した右腕の原因は謎のままだ。正直言って、かなり気が気ではない。
「どういう病気かぁ……。そうだなぁ………、ぶっちゃけ僕もねぇ、この症例については、まだよくわからないことの方が多いんだよ」
「はい?」
僕は耳を疑った。内心でかなりの驚愕をしている僕とは逆に、目の前の医師はいかにものんびりとした態度で、電子カルテを打ち込んでいる。
「えっ、それって……、治らないってことですか?」
「いやぁ、そんなことはないと思うよ、たぶん」
いや、たぶん、って。
「……どうにかならないんですか?」
「んーーっ、そうだなぁ……。いちおう聞くけど、痛みや違和感みたいなものはないんだよねぇ?」
「ええ、それはまあ。今のところ見た目だけですかね、気になるとこは」
「それなら、まぁ、気にしないことが一番だねぇ」
「はい?」
僕は再度耳を疑った。僕の耳がポンコツなのか、それともこの医者が実はやぶなのか、と、グルグルと思考がざわつき始めていた。
「いやいや、先生、そんな………………。えっ……、薬とか、そういうものも無いんですか?」
「無いねぇ」
医師は大きく頷いた。僕は呆気に取られて口をぽかんと丸くする。
「まぁ、見る人によっては吃驚するだろうから、あまり人目には触れさせないほうがいいかもね。とりあえず来週また来てよ。では、お大事にねぇ」
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