元カレの猫

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仕事も人間関係もベンタも、特に変わったことはない。この家で変わったものを挙げるとすれば、冷蔵庫の中のキャベツと豚肉だろうか。トレーの中の豚肉は真っ黒く、野菜室のキャベツはしなびている。 でもそれ以外の、彼の服とか、物置に置かれた私物とか、スマホに保存した写真とかは全部そのまま綺麗に残っている。 「いやダメだって。さすがにこの肉は捨てなよ」 「でも」 「でもじゃない、捨てなさい」 「……はい」 カレが亡くなったことを唯一知っている親友は、時々私の様子を見に来てくれるようになった。少し過保護な一面もあるけれど根は善良で、自分のことに関しては無頓着な私のことをいつも気にかけてくれる。 でも正直、今日は鬱陶しい。 「いい加減、この荷物も売るか捨てるかしなよ。親族が回収しに来てくれるわけじゃないんでしょ?」 「うん……そもそも向こうは私のことも知らないと思うし、病院からかかってきた例の電話も切っちゃったし」 「お葬式は?」 「実家の場所知らない」 「これだから住所不定は」 正直、住所は知らなくて良かったと思っている。私とカレの関係は、狭い交友関係の薄い共通認識の上だけで成り立っている。それなのに、もしカレのご両親に彼女であることを否定されたら、それこそ本当の赤の他人になってしまう。それだけは絶対に嫌だった。 「なんにせよ、気持ちはちゃんと切り替えなよ。このキャベツだって外の葉を取ればまだ食べられるんだから、あなたも捨てるところは捨てる、残すとこは残すって決めて次に進まないと」 「次?」 「次。合挽き肉と一緒にロールキャベツになるも良し、野菜仲間を見つけて野菜炒めになるも良し」 「新しい彼氏見つけろって言ってる?」 「そうとは言わないけど、あんまり執着し過ぎないでってこと。過去に囚われ過ぎなんだよ、このえは昔から」 囚われ過ぎ、と言われてもピンと来なかった。時間が過ぎていることに気付かず古臭いものを身に付けていたという経験は何度かあるけれど、それは別に執着しているわけではなく、むしろ興味がないからこそ起こるハプニングだった。だいたい、最近変えたスマホケースだって……。 ─────物を大事にするのは素敵なことですけど、さすがにそれは……。 汚い、か。 カレが生前言っていた言葉を思い出して、ようやく理解する。肉もキャベツもケースも恋人も、思い入れとか歴史とか関係なく、第三者から見れば古いものは汚く見えるのだと。 なら、捨ててしまおう。 誰かに汚いと思われてしまう前に。カレが言ってくれたことに反する前に。私がまだ自分のことに無頓着なうちに。 『元カレの』というレッテルが付くものは全て。
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