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捨てると決めたものの、一度に全ては捨てきれない。だから少しずつ捨てることにした。
最初はカレが残した衣服を捨てた。中にはカレと初めてデートした時の赤いニットとか私がプレゼントしたチェスターコートとかがあって、何度か袋から出したり入れたりした。
その翌週は、物置にあったカレの私物を捨てた。ほとんどは世界中で買い集めた実用性のないガラクタだと言っていたけれど、そのどれもがカレが聞かせてくれた旅の話に登場している。最初は懐かしさでいっぱいだったけど、次第に『なんで1度くらい、一緒に旅行に行かなかったんだろう』という後悔が浮かび上がってきて、八つ当たりのようにゴミ袋に詰め込んだ。
その翌日に、カレと撮った写真を全て消した。無心で消していたから思い出とかは蘇らなかったけど、『最近削除した項目』を空っぽにした時の喪失感は死にそうだった。
さて。あとは、なにが残ってたっけ。
「ベンタ」
名前を呼ぶも、ベンタは目を向けてはくれない。代わり映えのない、つまらない景色をずっと見ている。私のことが嫌いなのかなって思っていたけれど、最近それが違うことに気づいた。
ベンタはただ、私なんかに興味がないだけ。だってベンタが生きてる世界はカレのいる世界だから。
「とはいえ、そろそろ帰りを待つのは諦めてよ。君を見てると胸が痛くなるんだよ。カレの物を捨てた私が薄情みたいで、君に想いの強さで負けた気がして、ひょっとしたら帰ってくるんじゃないかって錯乱して……もうヘトヘト」
カレが亡くなって1ヶ月が経った。その間に何度泣いたかなんて覚えていない。でもどの日のことも忘れられなかった。忘れたくなかった。
中身を思い出すためには栞が要る。だけどその役割を果たしてくれる服も物も写真も、もうこの家にはない。私の記憶から消えてしまったら、もう思い出す手段はない。
でも、はやく楽になりたい。その一想いで全て手放してきた。
「さすがに君を捨てたりはしない。そもそも命を捨てられないよ、カレじゃあるまいし。でもさ」
もう私は引き返せないところまで来ている。もうなにかを残すことなんて出来ない。だって、その中途半端はきっと目も当てられないほど汚くなる。
ほんの少しだけ心を開いてくれればいい。カレが占めるあなたの世界に、ほんの少しだけ入れてくれればいい。それだけでもう諦めるから。
「ねぇベンタ。いい加減、私の猫になってよ」
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