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野生の鹿や猿に足止めを食らいながら、ひたすら緑に囲まれた山道を突き進むこと2時間。辿り着いた場所は古民家が建ち並ぶ小さな町だった。
キャリーケース片手に『鹿取』と書かれた表札を掲げる2軒の家を行ったりきたりしていると、ガラララと玄関引戸が開いた音が鳴った。
「もしかして、露草このえさんですか?」
「え、あ、はい……お電話させて頂いた、露草です。こっちは付き添いの友達で、その……この度はご愁傷さまでした」
実家の連絡先は、カレのアルバイト先の店長さんから教えてもらった。本当はダメなことだとお互い分かっていたけれど、店長さんはわざわざ菓子折りまで持たせてくれて、『仕事で行けない自分の分まで線香を上げてくれ』と頼んでくれた。
「あの子にこんな素敵な彼女さんが居たなんて知らなかったな。忙しいからってちっとも連絡くれないんだもの」
「いえ、素敵だなんて……でも、私ももっと沢山やり取りしておけば良かったです。『便りの無いのは良い便り』なんて迷信でした」
「『亭主元気で留守がいい』も迷信よ。こういうのはきっと信じた方が馬鹿を見るのかもね」
「ふふ、そうかもしれません」
親友の鳴らしたおりんの澄んだ音が、砂壁に囲まれた部屋に響く。火を灯す線香からはどこか懐かしい匂いがした。
立ち上る煙を見て不意に思う。カレにこのお線香を上げたい人は、実は世界にたくさん居るのではないかと。なにせカレは太陽のように温かく、どこまでも行く人だったから。
「……っ」
泣くつもりなんてなかった。迷惑をかけるのは嫌だった。1番辛い人の前で、涙なんて見せたくなかった。
けれど差し出されたハンカチも、投げかけられた言葉も、さすってくれる掌も、そのどれもが優しくて、怯えていた私が情けなくなった。ベンタと共にここに訪れようとしなかった自分が恥ずかしかった。
嘘つきだ。私は嘘つきだ。
「なんで……なんで死んじゃったの……っ、最低っ、最低だよ、ばか!! 真央くんのばかっ……!」
「ちょっとこのえ……!!」
「ひとつの命も大事にできないくせに……!! 私のスマホケースに引いたくせに……っ」
カレが居ない日々が続いても、私はカレを愛し続けられる?
そんなの大嘘だ。
「好きならせめて、触って欲しかった……っ」
この感情が、好きというより憧れに近いものなのだと気付きたくなかった。
ベンタの好きに対する誠実さが羨ましかったのも。
結局1つ残さずカレの物を捨てることができたことも。
冷えたお腹をカレが温めてくれるとはちっとも思わなかったことも。
分からなくなるくらい、近くにいて欲しかった。
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