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バスが来るのは朝と夕方の2本だけ。加えてこの町にはホテルや宿といった宿泊施設がひとつも無い。
外が暗くなり始めているのに気付いて、私たちは慌ててお茶を飲み干した。
「すみません、こんなに長居してしまって」
「いいのよ。こんな辺鄙な場所だし、泊まって行ったっていいくらいだわ」
「いえ実はこの後は……」
私たちが引いていた大きなキャリーケースを一瞥してから、カレのお母さんは「旅行でも行くの?」と首を傾げた。それになんて答えようか悩んでいると、親友がすぐに口を開いた。
「息子さんの旅行土産を探しに行くんです。私が捨てなさいって言ったばかりに、この子ひとつ残さず捨ててしまったので」
「ちょ……」
「なにそれ楽しそう、私も着いて行きたいくらいだわ。でも明日……というか今日も平日よね? 仕事は大丈夫なの?」
「私は専業主婦なので」
「私は、有給溜め込んでたのと、リモートでなんとか……」
「仕事してないと発作起こすんですよこの子」
「随分真央とは真逆の彼女さんね」
カレのお母さんと親友に笑われるが、私はそれが少し不満だった。仕事を休めばそれだけ他の社員に負担がかかる。それが続けば後々どんな悲劇を生むのか、2人は分かっていない気がする。
でも、今日から始まる短い旅は、その責任感を忘れるための練習でもある。もう二度と積み上げたものに囚われないために、まずは距離を取ることから始めるのだ。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
カレのお母さんに手を振られると、喉元にあった『今日はありがとうございました』という言葉がどこかに吹き飛んでいく。そして必ずここに帰ってくるという想いを込めて、私たちも手を振り返した。
「行ってきます」
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