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<第一章-Ⅳ>夏の夜
部屋が静寂に満ちていた。不意に「あ」とナオが声を上げた。集中が途切れる。
「…どうしたの?」
「ティッシュを昼に使いきったの忘れてた、買いに行かないと」
「別に明日でもいいんじゃないの?スーパーとか空いてないし、コンビニは高いだろ」
「そうなんだけどさ…、なんだか小腹もすいてきちゃったし、ついでに何か買いに行こうかな」
ナオはドレッサーの上にに置きっぱなしにしていたスマホで時刻を眺めながら立ち上がる。
「今何時?」
「十二時前」
「俺も行く、なんだか集中力切れたし。あれ買いたい」
くいっと飲む仕草を見せると、何を購入するか思い当たったらしいナオが顔を顰めた。
「えー、止めなよ。あんなの百害あって一利なしだよ、いつかカフェイン中毒になるからね」
「まあいいじゃん?昨日も寝るの遅かったから眠いんだよね」
「素直に眠るっていう選択肢はないわけ?」
ないね、と手をひらひらと振ると、ナオは呆れたように溜息を吐いた。夜中の十二時にコンビニスイーツを物色する彼にだけは言われたくないセリフだ。
財布を無造作に部屋着のポケットに突っ込んで、靴を履く。
「ちょっと着替えるから待って」
寝室から間延びした声が聞こえてくる。俺はスマホを操作しながら「うーい」と返事をした。それなりに立地のいい場所ということもあってコンビニも徒歩数分の場所にある。だが夜中の買い物となると、どちらか行くというのであれば、基本的には付き添うようにしている。これも暗黙のルールのようなものだ。
駅も近ければ、繁華街も近い。この時間帯は変な人間が出歩く頻度が高いのだ。それに加えて、普段のナオは男に言い寄られるのを良しとしない。女性から言い寄られるのはそこそこ嬉しいらしいが。だからこそ男除けも兼ねて、夜中のコンビニはどちらかが同行することがほとんどだ。
「ごめん、お待たせ」
「行こ」
白い部屋着はそのままだが、ホットパンツだった下をスキニーに履き替えたナオが姿を見せた。彼もまた適当にサンダルを履く。
「そのサンダル、俺の」
「借りる!」
「はいはい」
そんな軽いじゃれあいをしながら玄関の扉を開けた。夜とは言え、外は暑い。ぬるりとした湿気が肌に張り付いて離れない。
「うわ、あっつ~」
俺に続いて外に出たナオが、不快そうに眉を顰めた。すぐ傍にあるエレベーターの下降ボタンを押して、到着を待つ。
「そういえば、最近大学はどう?友達とは仲良くやれてる?」
「母親かよ、普通だよ、普通。仲良い奴はいる」
「えっと…誰だっけ、雫くん?」
「そう」
エレベーターが到着した。乗り込むとほんのりとした涼しさが篭っていて、心地よい。
「いいなあ、大学。僕も行きたかった」
「今、貯金してるんだろ?多少スタートは遅くなるかもだけど、ナオなら入れるよ。頭も良かったんだし」
「うん…、そうだね」
ナオは少し俯いて、答えた。ひたりと首筋に張り付く髪の毛からそこはかとない色香を感じた。
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