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<第一章-Ⅵ>美しい出逢い
まるで深い海に沈んでいくかのよう。ぼんやりと透けて輝く月の光を捉えながらも、身体に水が重く伸し掛かり沈んでいく。俺―――香月ルカにとってのナオへの気持ちはそう形容してもいいだろう。恋愛感情としては重すぎる自覚も、その癖意気地がないという自覚もある。
すべては手遅れ、勝ち目のない勝負なのだ。
覚悟はしていたつもりなのに、想像よりも深く感情が沈んでしまう。手を差し伸べても月光はゆらゆらと形を変えて、触れることすら許されない―――そんな恋だったんだ。
「っ…!」
夢から覚める。まるで悪夢を見たかのように背中がぐっしょりと濡れて、シャツを重たくしている。寝室の窓から妙に明るい光が差し込んで、失われていた時間感覚を正常にしていった。
眠りでぼやけていた思考の輪郭が鮮明になっていき、そして―――。
「今何時?!」
「もうとっくに昼過ぎだよ」
猫のように飛び起きて枕元で充電に勤しんでいたスマホを眺めようとすると、隣の部屋からナオの声が飛んできた。改めて時間を確認する、十三時三十五分。今日は確か一限から授業があったため、完全に寝坊である。
「…まじかよ、なんで起こしてくれなかったんだ」
「起こしたよ!でも魘されてたし、昨日の夜、体調悪そうだったじゃん。だから今日は休めばいいと思って」
「はぁ…」
肺内の二酸化炭素を吐き出しながら仰向けに寝転がる。カーテンの隙間から光が漏れて、天井に不思議な模様を作り出していた。
昨夜のことを思い出すだけで、心臓が悲鳴を上げて、胃の中がひっくり返りそうなくらいむかむかする。開き直ったように瞼を下ろして、あの後の記憶を辿っていく。
「あの、すみません。服を汚してしまって」
「え、あ、大丈夫ですよ。どこにでも売ってるやつなんで」
少女は申し訳なさそうに謝罪をしながら視線をゆらゆらりと彷徨わせた。ナオは柔和な笑みを浮かべながら首を横に振る。俺は知っている、そのシャツは割と高価な代物であることを。
少女は食い下がるように「でも」と言葉を漏らす。するとレオは「じゃあ、こうしません?」と提案した。
「僕に一回ごはん御馳走するとか、そういうのどうでしょう?もし難しければこのコンビニでもいいですよ」
「…わかりました、流石にここで奢ったりするのはちょっと。今、私の持ち合わせがないですし、足を運ばせるのも申し訳ないです」
「じゃあ外で食事でもしましょう、日程組みたいので連絡先交換しませんか?」
自然な会話で、自然な振る舞いで、ナオはポケットからスマホを取り出す。この領域は彼の独壇場だ。同性を口説く能力があるのだ、より一層魅力的に映りやすい異性ならばさらに難易度は急降下する。
恋愛小説のプロローグかの如く、二人は呆気なく連絡先を交換した。
「この名前の“レオ”って本名ですか?」
「はい、本名です。吉田レオ―――麗しい桜と書いて、麗桜です。えっと、ナオ…さん?も本名なんですか?」
「うん、そうだよ。僕の場合は苗字だけど。直井朔、みんなからナオって呼ばれてるからそっちの方が親しみがあるんだ」
コンビニ店員もといレオさんは「そうなんですね」と相槌を打った。
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