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 手紙が届いた。  それはとある家(小さな町であるので、直接に話したことはなくとも何処の誰であるのかすぐに分かる)からの招待状であった。 『なるべく多くの人に参加していただきたく。しかし急な事であるため無理はなさらず、返信ご無用』とある。その後に、細々とした注意書きが添えられていた。  ご丁寧な事だと笑ってしまう。けれども、確かに最近ではほとんどなかったことであるから、今回が初めての者もいるかもしれないという配慮なのだろう。 『一つ、黒い服装で来ること。』  あの時と同じ服であれば尚良いが、そこまでは書かれていない。洋服箪笥から黒の上下とシャツを引っ張り出し、袖を通す。 『一つ、必ず顔を隠すこと。』  仮面を着けるか迷ったものの、今回はベールで顔を覆うことにした。  会場は手紙の送り主の屋敷で、門前に女性が一人立っていた。仮面をしているためはっきりとは分からなかったが、おそらくの姉であった。たしか三つほど年上だったと記憶している。彼女は頭を下げると、手にしていた花の束から一本抜き取った。黒のチューリップだった。こちらも頭を下げてそれを受け取り、中に入った。  畳敷きの広間にはずらずらと座布団が敷き詰められていて、すでに半分ほどが埋まっていた。スーツであれ和装であれ全員が黒を身に纏い、顔を隠している(ベールをしている人が多かったが、中には祭りで売られているようなお面を被っている者もいた)。正面には古びた棺桶と、その手前には献花台が置かれている。端の席に陣取って、儀式が始まるのを待った。  席の八割ほどが埋まる頃、電気が消された。すぐに蝋燭の火が灯され、室内にいくつもの影を揺らした。それまでひそひそと囁かれていた声は消え、部屋は静寂に満ちた。 『一つ、儀式が始まったら声を出さないこと。』  かたん、と棺から音が響いた。それを合図に、最前列の参列者から一人ずつ、順番に立ち上がり、献花台へと歩き出す。  それに合わせるかのように、かたん、かたんという音は次第に間隔を狭めていき、終いにはごとん、と鈍い音をさせた。  蓋が落ち、棺の中で彼が上体を起こしたのをベール越しに見つめた。彼はあの時のままの姿で、ぼんやりとこちら側を眺めていた。  チューリップを献花台に捧げた。一瞬、彼と目線が重なったような気がした。けれどその視線はそのまま横へ横へと逸れていき、一度こてん、と首を傾げるような仕草をした後に、彼はまた棺の中に戻っていった。  参列者全員が献花を終えると、彼の親族が歩み出て棺の横に立ち、再びそっと蓋を閉めた。  蝋燭が消され、白熱灯の白に置き換わる。部屋の空気が弛緩し、ざわざわと人の吐息や衣擦れの音とともに、参列者が次々会場を後にしていく。  閉ざされた棺の横で、仮面を外した彼の姉が静かに涙を流していた。  彼を送るのはこれで三度目だ。  未だ向こう側に辿り着かないというのは、家族としてはつらいものがあるのだろう。  会場を出る直前、「また会えた」という呟きを確かに聞いたのだが、誰の声なのかは分からなかった。    
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