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厄介な客人
ルカたんと充実した夏季休暇を過ごし、パイナップルケーキを焼き上げ、ルカたんが戻ったら早速お披露目しようとしていた時のことだった。
何故か外が騒がしい?
「何かあったの?」
俺は中から様子を窺っていたゼナに声を掛ける。
「何でも、厄介なお客人が来たみたいだな。今、ヴィダルが対応してるとこ」
ヴィダルさんはルカたんの従者で、ゼナの婚約者である。お仕事の傍ら、ヴィダルさんもゼナと夏季休暇を過ごせるよう、俺がゼナも連れてきたのである。
おかげで、ヴィダルのお休みの日は2人で街デートを楽しんでくれたらしく、親友兼従兄弟としても大満足である。
だが、厄介なお客人とはこれ如何に?
現在ルカたんは、親戚に呼ばれて別荘を留守にしている。ちょっと不満げだったが、公爵家の親戚付き合いなのだし、とルカたんの背中を押し、終わったらパイナップルケーキを一緒に食べることを条件に送り出したのだ。因みに何かあったらこまると、ルカたんは自らの従者のヴィダルさんを残してくれたのだ。
そして外から甲高い叫び声が響いてくる。
『ですから!ここは一族の別荘です!わたくしにも入る権利があるのではなくて!?』
え、一族のってことはアンティクワイティス公爵家のひとだろうか?ルカたんは一人っ子だしなぁ。ルカたんの父であり宰相でもあるお義父さんのきょうだいの関係者かな?
「俺、行こうか?」
「いやぁ、ヴィダルはむしろややこしくなるからここで待つようにって言ってたんだけどさ」
『不当にルカさまの婚約者に収まった卑しい孕み腹をとっととここに呼びなさい!』
え、それって俺のこと!?それに、不当に婚約者に収まったって、どういうこと?
「俺、行くよ。これって、俺が原因なんでしょ?」
「いや、でもさぁ」
「ゼナも付いてるし、何よりヴィダルさんがいれば大丈夫でしょ?」
「うぐっ、それを言われるとなぁ。まぁ、わかった。でももしもの時は全力で守るから」
「ありがと、ゼナは頼もしいなぁ」
孕み腹男子仲間でもあるのだが、幼い頃からゼナは活発で剣や魔法で戦うのが得意だったから。お家派の俺とはタイプは違うものの、気が合うのでこうしてしょっちゅう冒険的なことにもチャレンジするのだ。うん、これもある意味冒険!
そそそそそっ。そそくさと玄関口に向かって行ってみれば。
「さぁ、とっとと泥棒猫をお出しなさい!」
そこには、ヴィダルさんや女性騎士に制止される瑠璃色の長い髪の美女がいた。瞳は茶褐色で、何となくアンティクワイティス公爵家の血筋であることがわかるかも。
それに、泥棒猫っておいおい。
「あの、何事ですか」
ゼナと一緒に、俺も登場っ!ヴィダルさんは驚いて口を開く。
「ゼナ!何故連れてきた!」
「あはは、これがリュリュなんで」
と、ゼナが苦笑する。そして俺の名を聞いた途端、美女がカッと目を見開き、俺の方に身を乗り出すが、女性騎士たちに制止される。それでも彼女は叫んだ。
「私はっ、私はずっとルカさまの妻となるために育てられてきたのに!何で何の関係もないあんたがルカさまの婚約者の座に収まっているのよ!」
え、ルカたんの妻となるために育てられたぁっ!?
「そんなものは、叔母上……お前の母親が勝手に言いだしたことで、叔父上も父上も了承していないし、私の婚約者はリュリュ以外にはあり得ない」
低く、冷静な声が響いたと思えば、玄関の扉を開けて帰って来たルカたんが立っていた。
「ルカさま!」
美女はルカたんに近寄ろうとするが、女性騎士たちも譲らず彼女を放さない。
「放しなさいよ!私を誰だと思っているの!?」
「今のお前は、アンティクワイティス公爵家の別荘に無理矢理押し入ろうとしているただの不審者でしかない。あと、私の愛称を許可もなく呼ばないでもらおうか」
そう言うとルカたんは靴を脱いで屋敷に上がり、そして俺の腰を抱き寄せてくれた。
「あっ、ルカたんっ!?」
「私の婚約者はリュリュ、ひとりだけだ。このことは両親も認めていること。それに盾突くのならば一門の当主であるアンティクワイティス公爵へ盾突くのと同じ。自分のやっていることがどういうことなのか、分かっているのか」
「そ、それはっ」
公爵の名を出され、思わず彼女は後ずさった。
「去るがいい。このことは叔父上にも報告させていただく」
「そ、それはっ、そのっ」
「とっとと去れ。無理矢理引きずり出されたくなければな」
「ひっ」
彼女はルカたんの覇気に脅えたようにびくつき、そして力なく屋敷を去って行った。
「あの、ルカたん」
彼女は一体?
「あれは父方の叔父の娘でな。昔から母親の方が俺の婚約者にと度々推薦してきたのだ。恐らく次期公爵である私の義母になることを望んでいるのだろう。だが、それは叔父上は完全に否定しているし、叔母上を抑え込んでいたのだが、娘の方が何を勘違いしたのか度々私に言い寄ってくるようになった。彼女の住まいは隣町だが、まさかここまで押しかけてくるとはな。困ったものだ」
「ルカたん」
「心配するな。私の愛しい婚約者はリュリュだけだ。そもそも、彼女とその母親は孕み腹を異常に敵視している」
あ、そう言えばさっきも言ってたな。卑しい孕み腹だって。たまにそう言う風に言うひともいる。孕み腹の存在を羨んだ完全なる言いがかりなのだが。
「私の母上を侮辱するようなことを宣うものと、夫婦になどなりたくない」
確かに、そうだよね。
ルカたんの母親、お義母さんもまた、俺と同じ孕み腹なのだ。
「嫌な思いをさせたな」
「ううん、ルカたんが来てくれてよかった」
「私ももう少しリュリュさまのことを考えておくべきでした」
「リュリュはインドア派なのに割と行動派なところがあるんだよ」
と、ヴィダルさんの反省に対してゼナはいつも通り屈託のない笑みを浮かべていた。
「さ、ルカたん。パイナップルケーキ、焼けたから、食べよ!」
「あぁ、それを楽しみにしていたんだ」
何はともあれ、穏やかな南国の空気が戻ってきた屋敷で、俺は早速ルカたんのためにパイナップルケーキをご馳走したのであった。
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