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秋の学園
夏が明け、夏季休暇はルカたんと目一杯楽しんだ俺は、王都の実家へ帰邸し、いつもの学園生活が戻ってきた。
秋になった学園にはふたつ変化があった。
まず、一つ目。あのストーカー王子のヴィクトリオが学園に戻ってきたことだ。まぁ、謹慎処分を受けての停学中、こってりと絞られたらしくこちらによってかかって迫ってくることはなかった。
もちろん、ルカたんができる限り近くにいてくれるし、それ以外はアンズや幼馴染みたちが一緒なので安心だ。
それでも何だかじっとこちらを見てくるのが気持ち悪いのだけど。そこはルカたんがキッと睨んで牽制してくれた。
2つ目はと言えば。
「ヴィック~~!」
「あぁ、ユリアン!待っていたよ!」
王子ヴィクトリオに嬉々として抱き着いた、編入生ユリアン・ブルーローズ伯爵令息の存在である。彼はふわふわの金髪にエメラルドグリーンのくりくりした瞳を持つかわいらしい美少年である。なんでも、ブルーローズ伯爵の隠し子であることが明らかになり、伯爵家には前妻の残した娘しかいなかったため、伯爵家に嫡男として後妻に入った母親と共に迎え入れられたそうだ。
そして季節外れの編入生として学園にやって来たのだが。
彼はすぐにヴィクトリオと親密になった。
ぶっちゃけすごいなぁと俺は思う。……だって俺、ヴィクトリオはマジないもん。イケメン王子だけどタイプじゃないし、俺に付きまとってくるからキモいし。
あ、もちろんルカたんは全然OK!むしろ俺もルカたんとくっついていたいし。ぎゅむーっと腕に抱き着けば、ルカたんが微笑んで俺の頭を撫でてくれる。
はうああぁぁぁっっ!
めっちゃ幸せ!
だからブルーローズ伯爵令息とイチャラブするのは勝手だけど、あからさまにこっち見てくんな!ったく。俺の不安に気が付いたのか、ルカたんが再びキッと睨めば、ブルーローズ伯爵令息が『こわぁい』と言って、ヴィクトリオもばつが悪そうに去って行った。
はぁ、ひとまずは去ったか。
あ、そう言えば。忘れてはいけないのがヴィクトリオの本来の婚約者であるハイドレインジア公爵令嬢のリーディアさまの存在だ。
ふと目を向ければ、ばつが悪そうにリーディアさまも顔を逸らして立ち去ろうとする。その時、俺と目があった。
「あ、リーディアさま」
「あら、リュリュさま。ごきげんよう」
こんな時ですら、微笑みを絶やさない彼女はすごいと思う。貴族令嬢の鑑のような子だ。こんないい子を放ったらかして、浮気してばかりいるあのバカ王子め。マジわけわからん。
「あの、大丈夫?」
「……っ、その、気持ちはもうありませんから」
そう、きっぱりと彼女は述べた。
「今は我がハイドレインジア公爵家も陰ながら動いてくれています。婚約解消は時間の問題です」
「そっか」
さすがに、この夏季休暇中にも事態は進展したらしい。
「ただ、王太子妃教育をこれまで受けてきたからこそ、難しい側面もあるのです」
確かに、また一から王太子妃候補として婚約者を見繕っても、その子が王太子妃にたり得る教育を全て履修するのにはまた何年もかかるのだ。
今までひたむきに王太子妃教育を受けてきたリーディアさまだからこそ、簡単には婚約解消といかないのだ。
いや、むしろアレが王太子であっていいのか、――――とは不敬罪になるので口には出せないが。
でも、リーディアさまはヴィクトリオとは結ばれてほしくないというのが本音だ。リーディアさまは貴族令嬢で、しかも公爵家のご令嬢だ。政略結婚は仕方がないとしても彼女にだって幸せになる権利はあるのだから。
このまま泣き寝入りはしてほしくない。
「大丈夫ですわ。リュリュさまがわたくしを案じてくださるのでしたら、それだけでもわたくしは幸せですから」
「リーディアさま」
あ、そうだ。
「あの、この前話したブルーム侯爵家の刺繍講座なんですけど、今度の休みにアーサーのお義姉さんたちから誘われてるんです。リーディアさまのことを話したら是非に、とのことだったので、ご一緒にどうですか?」
「まぁ!今は王太子妃教育も休止中なので、休みの日の予定を考えあぐねていたのです。是非、ご一緒させてくださいませ」
「うん、じゃぁ、ブルーム侯爵家の方から詳しい日時を添えて招待状を送ってくれるから、よろしくね」
「えぇ、こちらこそ」
そしてリーディアさまは、優雅に淑女の礼をしてその場を立ち去り友人たちと合流していた。
「そうか、今度の休みか」
「うん、ルカたん」
「アーサーの実家に赴くのだな」
「ん?そうだよ?」
「私も行く」
え……??
「あの、刺繍するんだよ?」
ルカたんは刺繍しないんじゃ?
「構わない。私は刺繍をするリュリュもずっと見ていたい」
がはっ。
相変わらずの俺通である。
「じゃ、じゃぁ、アーサーのお義姉さんたちに、ルカたんのことも連絡しておくね」
「あぁ、もちろんだ」
何故かルカたんも来てくれることになったが、まぁ一緒にいられるのは嬉しいし、いいかな?
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