刺繍サークル

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刺繍サークル

そう言えば例の氷漬け事件の後、使節団は王女を連れて即時帰国したらしい。王女はツインテールから見事なベリーショートになって涙目だったそうだ。そのせいか大人しくなったらしい。 しかし、今回のことはさすがにやり過ぎだと隣国の王さまがブチ切れて、王女は王族籍から抜かれ、その迷惑千万な言動で世の中が混乱しないようにと生涯離宮に幽閉となったそうだ。 そんな迷惑千万な事件から暫く経ち、季節は初夏である。 俺は最近よく参加しているリーディアさま主導でやっている刺繍サークルにお邪魔している。 「そう言えば、最近ユリアンはどう?ヴィクトリオも見ないけど」 「学園には復帰したようですわ。でも、ユリアンはしょっぱなから王太子妃教育を投げたらしいですわね」 2年生の最後にやらかしたヴィクトリオは謹慎処分となった。その後ユリアンとの婚約は認められたが、ユリアンが王太子妃教育に真摯に取り組み、ヴィクトリオも名誉回復に努めることを求められたはずだ。しかし、ユリアンは王太子妃教育を投げたのか。はぁ、同じ伯爵令息として嘆かわしい。いや、同じに見られても迷惑だが。 俺はリーディアさまと刺繍をしながらそんな話をしていたのだが、そこにやって来たのは。 「あの、刺繍サークルとはこちらですか?」 どうやら1年生のようだ。 藤色の長い髪の前髪を真ん中分けにしており、ぱっちりとした青い瞳のかわいらしいご令嬢だ。 「えぇ、そうですわ。あなた、入会希望者かしら?」 「はい。1年生のハリカ・ブルーローズと申します!」 え……ブルーローズ?俺とリーディアさまは一瞬ピタリと固まった。 「あの、ユリアン・ブルーローズ伯爵令息の?」 「異母妹ですよ」 い、妹さん!?しかも、異母?? 「あの、わたくしとお兄さまとの関係はご存じ?」 「存じておりますが、あんなもの兄とは思っていません。むしろ大嫌いです」 えええぇぇぇっっ!?まさかのぶっちゃけ!! 「ふむ。堂々としたその態度は気に入りました。ではなぜこちらに来られたのですか?」 「敵の敵は味方、ですから!私、ハイドレインジア公爵令嬢さまを応援します!あと、あのバカを引きずり落とせれば万々歳かと思いまして」 何かこの子、目の奥に底知れない闇を抱えていないか? 「まぁ、取り敢えず座りなさいな。何があったのです?」 「あ、では遠慮なく」 ハリカ嬢がリーディアさまが示した席に腰かける。 「私は前妻と伯爵の娘なのですが、ユリアンは後妻と伯爵の息子です。伯爵は母と結婚する前からユリアンの母親と関係があったものの、政略結婚で母と結婚したんです。そして母が亡くなった後、後妻が息子のユリアンと押しかけてきて。んもう、ウチは大荒れです。伯爵は本当に愛していたという後妻とユリアンばかりをかわいがりますし。更には領地経営もまともにしないし後妻とユリアンの散財癖もめちゃくちゃ。今、家計を支えているのは実質私なんです。ですから、できればみんな揃って出て行ってもらうか破滅してほしいのです」 まさか、ブルーローズ伯爵家がそんなありさまだったとは。それでよく婚約結べたなぁ。何か、ハヤトさまの策謀の匂いを感じるのは気のせいか。まるで、最初から破滅してくれと言わんばかりの婚約だったしなぁ。気が付いていないのは本人たちだけである。 「そうなれば、あなたも平民落ちかもしれませんよ」 「いいんですよ、私は。領民のみんなのためにお仕事してきたスキルがあるので、割とやって行けるような気がするんですよね」 あのユリアンの異母妹とは思えぬしっかりしていてぶっ飛んだ感のある子だなぁ。 「なら、その時はウチに来なさい。優秀な文官なら大歓迎です」 「わぁっ!ありがとうございます!ハイドレインジア公爵令嬢さま!」 「リーディアでよろしくてよ」 「では、リーディアさま!」 あっという間にひとと打ち解けるのもすごいな、この子。やはり本人の性格的な問題だろうか。 こうしてハリカ嬢の入会は許可され、早速刺繍を教えていたのだが。 そこにまたまた予期せぬ客人がやって来た。 「おい、リーディア!ユリアンの刺繍サークルへの入会を認めないとはどういうことだ!」 うわぁー、ヴィクトリオだ。しかも案の定その腕の中には目元を赤くしているユリアンが引っ付いていた。 「あの、殿下。もうわたくしはあなたの婚約者ではありません。気安く名を呼ばないでくださいまし。それと、何故わたくしが、わたくしを侮辱したそこの伯爵令息をわたくしの刺繍サークルに入れねばならないのです?そんなに刺繍がやりたければ、ご自身でおつくりになられては?」 リーディアさまの容赦のない言葉に、ヴィクトリオが顔を歪ませる。 「ユリアンは、今まで貴様に散々傷つけられてきたにも関わらず、貴様に歩み寄ろうとしているのだぞ!?」 「いえ、わたくしはその方とは接点もありません。傷つけたと言われましてもわかりかねます」 「なっ、ユリアンは貴様の命令で頭から水をかけられたり、教科書を破られたり、階段の上から突き飛ばされたんだぞ!?それを許してくれたユリアンを受け入れないとは何事だ!」 「そんなことはしておりませんし、誰かにしろと命じたこともございません」 「だが、ユリアンが言ったんだ!」 「そうです、リーディアさまひどぉい」 と、ユリアンはヴィクトリオにさらにぎゅっと抱き着く。 「あなた、勝手にわたくしの名を呼ばないでくださいませ」 「ひっ、恐いよぉっ!」 うわ、埒が明かないタイプ?そう思った時、すっと立ち上がった人物がいた。……ハリカ嬢? 「何それ、泣きまね?涙出てないじゃない」 その言葉にユリアンは初めてこの場にハリカ嬢がいることに気が付いたらしく、顔を一瞬にしてこわばらせた。おいおい、泣きまねはどうした――――。忘れてるぞ――――。
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