逃げるが勝ち

1/1
前へ
/37ページ
次へ

逃げるが勝ち

――――俺は逃げていた。 「待ってくれ!リュリュ!」 いいや、待たない!捕まったら確実に手籠めにされるううぅっ! 今日に限って一人っきりになったところを狙われるとは!周囲には他にも学生がいるが、今追いかけてきている【王子】を止める者はいない。だって、王子だから。 たかだか伯爵令息の俺を助けようとなど、できないのだ。王子に盾突けばどうなるかもわからない。しかも、王子にアプローチされている俺を敵視するやつらも混じってるし! ――――ほんっと、勘弁してほしいっ!!! 転生したら貴族令息だったものの、気ままに生きたい俺の前に現われた、好色王子めがっ!しかも王子の婚約者には目の敵にされるし、その取り巻きにも目の敵にされるぅっ! マジで勘弁してほしいいいぃっ! ぶっちゃけ四面楚歌。四面楚歌なのだ。 【こっち!早く!】 誰かが俺を呼んだ気がした。否、誰かはわかっている。こんな散々な目に遭う異世界転生をして唯一の救いはと言えば、俺が双子だという点だ。 双子特有の何かわからないけどわかるシンパシー的なものでひょいっと避けた俺は、双子の妹に手を引っ張られ、華麗に雲隠れした。 外では王子が相変わらず俺の名前を呼んでおり、俺と妹、そして幼馴染みたちが潜む部屋のドアノブにも手を掛けたが開くはずがない。 妹がドアの内側を凍り付かせたからだ。稀代の天才氷魔法使いであるアンズにとってはこれくらいは朝飯前。開かないことを確かめた王子は、ここではないと思ったのか部屋の前を立ち去ったようだ。 やはり持つべきは兄思いの妹である。 ひとまずは何とかなったか。俺は妹と、そして幼馴染みたちとはぁ~っと溜息をついた。 *** 改めまして!俺の名前はリュリュ・スノーフレーク、伯爵令息だ。白い髪にアイスブルーの瞳を持つ。天才肌の妹とは異なり、俺は回復魔法系が得意。ただし、好感度によってその効果が変動するという何かよくわからない機能の付いたスキルを持っている。この世界ではみな、こういった固有スキルを持つのだ。 更に、ここは男性でも孕み腹と呼ばれるものは妊娠可能な世界である。だからこそ、俺の見た目を気に入った王子が俺を孕ませて嫁にしようと日々追っかけているのだ。迷惑なものである。 だがそれを大っぴらに訴えることは憚られる。俺と妹の父親は宰相補佐。国王の右腕の補佐なのである。だからなるべく迷惑をかけないように穏便に済ませようとしているところだが、日々苛烈になっていくばかりで埒が明かない。 そして氷魔法を放ったのは俺の双子の妹のアンズ。流れるような黒く長い髪を低い位置でツインテールに結っており、ウチの家紋でもある雪牡丹があしらわれた髪紐を使用している。更には前髪はぱっつんに切りそろえており、目元もくっきりした美人さんだ。 俺はどちらかというとかわいいとか言われるのだ。双子なのに……解せぬ。ふんぬっ!! そしてこの場には俺たちの幼馴染みが2人いる。 1人はゼナ・ケルシーズ男爵令息。彼はダークブラウンの髪にブラウンの瞳を持つ俺たち双子の母方の従兄弟である。魔法よりも剣が得意。 もう1人はアーサー・ブルーム侯爵令息。何の縁があったのか、高位貴族なのにいつの間にか俺たちの幼馴染みの座に収まっていた。彼はアンズと同じく魔法の天才だが、得意属性は火であり、剣も嗜む。 「もう、婚約者作っちゃわないか?そう、高位貴族がいいな。王子が口出しできないような!」 随分と簡単に言ってくれるな、アーサー。この高位貴族め。 「そんな簡単じゃないよ。高位貴族なんてほぼ婚約者いるじゃんか」 「俺はいないけど?」 そう言えばアーサーにはいないな。アーサーは三男で兄が2人いる。どちらも婚約者持ちで長男は家を継ぎ、次男は婿養子に入るらしい。アーサーは剣と魔法で生計を立てていく気なので、今のところ婿養子に入ることなどは考えていないのだとか。 「でもアーサーは俺、嫌」 「何でー、傷つくー」 「リュリュはもうちょっと静かで落ち着いたのがタイプなのよ」 さすがは我が片割れ。よう分かっていなさる。 「例えば、ルーカス・アンティクワイティスさまみたいな!」 「いや、ないないない!」 アンズの言葉に、俺は手を思いっきり振った。 「でも、婚約者いないんじゃなかった?あのひと」 と、ゼナ。 「俺も引き受けてもいいけどさ、孕み腹同士だし、俺の方が家格下だから、王子には逆らえないよ」 確かに。ゼナは孕み腹だ。一般的に、孕み腹同士で婚約することは少ない。どっちも受け派な場合が多いから。かくいう俺も受け、ゼナは剣が得意で男気もあるが、割と組み敷かれたいタイプだからなし。あと、男爵家のゼナを頼れば、確実にゼナの家が困るだろう。母さんの実家だし、あまり困らせたくはないのだ。 「もう、アプローチしちゃえば?」 簡単に言いますけどねぇ、アンズさん。公爵令息なんて、高位貴族のトップオブトップみたいな感じよ?しかも片親は王弟なのである!王弟! そんな高貴なお方に、一伯爵令息である俺が? そもそもだが。 「ルカたんの父親俺たちの父さんの上司~~~~っ!」 そう、アンティクワイティス公爵は宰相。つまり宰相補佐の俺たちの父親の上司なのだ。何だかそれだけで遠慮してしまう俺、ちょっと小心者? 「でも、学園に入った時から、ルカたんフィーバーしてたじゃない」 いや、確かにフィーバーしていましたとも、陰ながら。 高位貴族で婚約者がいなくて、更にはイケメンと来た!当然ファンクラブなんてものがあって、令嬢たちが色めき立っていた。孕み腹でお嫁にも行ける俺だが、何となく令嬢たちの輪の中には入れなくて、陰ながらこっそりファンをしていた。 「でも、俺伯爵令息だし。孕み腹とは言え無理だよぉ。本当ならさ、お嫁に行ってもいいけど。むしろルカたんなら大歓迎!俺だってルカたんのお嫁さんになれたらどんなに幸せかっ!!」 「まぁ、夢のまた夢よねぇ」 そして、今日もほとぼりが冷めた頃合いを見定め、俺たちはそそくさと下校するのであった。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加