海からの手紙。

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 あの日、広い海や空ですら動かせなかったわたしの心に、手の平サイズの些細なきっかけが、一筋の光をもたらした気がした。  もちろん色んな問題は変わらず目の前にあって、ひとつひとつ手探りで乗り越えた日々だったし、何度も壁にぶつかることもあったけれど。  その度に震える手で広げたあの手紙が、未知への不安よりも、期待の方が遥かに強いことを思い出させてくれた。  無事進学して大学生になった今、海に通う頻度は減ってしまったけれど、あの時の気持ちは忘れられない。 「よし……」  わたしはあの時持ち帰った小瓶を鞄から取り出して、久しぶりに浜辺に降り立ち、すっかり錆びた蓋を開ける。  もしも小瓶が話せたなら、深く暗い海の底や、荒波の乗り方、魚との追いかけっこ、あの日わたしの手元に流れ着くまでの冒険譚を聞いてみたいものだ。  あの手紙がわたしの元に届いたのは、きっと、奇跡のような巡り合わせに違いない。  けれど、やっぱり小瓶は、話せそうにはないから。 「……いってらっしゃい!」  綺麗な放物線を描いて、小瓶は数年振りの旅に出る。次はどんな冒険をしてくるのだろうかと、わたしは久しぶりに未知の物語に想いを馳せる。  いつか辿り着いた先、不安と期待、過去と未来、空と海の境界を越えて、あの時のわたしのように、見知らぬ誰かの心を揺らすほんの僅かなきっかけになることを祈って。  わたしはあの頃と変わらぬ海に、たった一言の手紙を入れた小瓶を、そっと託した。
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