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落ち着き払った様子のキイちゃんは、驚く様子もなくこちらを見返します。
ごろごろ。彼女の喉が鳴りました。人間の出す音のようには、思えませんでした。そう、例えるなら機嫌のいい時の猫が立てるような……。
「"黒猫"。あなたはこれまで、私のことをそう呼んでいたでしょう?」
キイちゃんの口が動いて、答えが返ってきました。けれど、その声は彼女のものと全然違います。おとなの男の人のように低く、抑揚のない声でした。言っていることも意味不明です。
「ねえ、一体何が、どうなって……」
わたしは混乱しながらつかんだ手を離し、周りを見回しました。ここまで様子のおかしいキイちゃんを、誰も変には思わないのでしょうか。
そこで初めて気づきます。時間が止まっている。クラスのみんなは、しゃべったまま、かけ出したままの姿勢で固まっています。教室の中にさわがしく満ちているはずの音もありません。
「よく気づきましたね。私が……彼女ではないと」
キイちゃんの形をしたそれは、周りの様子などおかまいなしです。一歩ずつこちらに向かってきます。わたしの脚はがくがく震えて、後ずさることもできません。
「気づいたあなたには、きっとあるのでしょう。思い出す権利と責任が」
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