3

2/7
前へ
/15ページ
次へ
 県道を渡る信号を待っていたとき、サツキが言った。 「このランドセル、ひどいでしょ」  それは、空模様にでも触れるかのような、軽い口調だった。  つい口ごもってしまったわたしを見て、サツキは笑った。 「いいよ、気使わなくても」 「う、うん。実は前から気にはなってた」 「親戚のお古でさ。去年までは、ちゃんと自分のがあったんだよ。色も赤で」 「そうなの?」と驚くと、サツキはうなずいて、そのまま視線を落とした。 「けど、火事でダメになっちゃって」 「えっ……」  幸い、被害は大きくなかったそうだ。しかし、火元の原因が父親の寝たばこだったことから、アパートを追い出されてしまったらしい。 「お父さん、お母さんがいなくなってからおかしくなっちゃったんだ。昔はちゃんと働いてたし、お酒を飲むこともなかったのに」  転校してくる2年ほど前、母親は彼女を残してアパートを出ていってしまったそうだ。以来、父親は勤めていた会社を辞め、職を転々としているらしい。焦りや苛立ちからか、お酒を飲むことが増え、時には荒々しい口調になることもあるという。 「良い時は、昔の優しいお父さんに戻るんだけど」  悲しそうに微笑むサツキに、わたしはどんな言葉を返せばいいのか分からなかった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加