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県道を渡る信号を待っていたとき、サツキが言った。
「このランドセル、ひどいでしょ」
それは、空模様にでも触れるかのような、軽い口調だった。
つい口ごもってしまったわたしを見て、サツキは笑った。
「いいよ、気使わなくても」
「う、うん。実は前から気にはなってた」
「親戚のお古でさ。去年までは、ちゃんと自分のがあったんだよ。色も赤で」
「そうなの?」と驚くと、サツキはうなずいて、そのまま視線を落とした。
「けど、火事でダメになっちゃって」
「えっ……」
幸い、被害は大きくなかったそうだ。しかし、火元の原因が父親の寝たばこだったことから、アパートを追い出されてしまったらしい。
「お父さん、お母さんがいなくなってからおかしくなっちゃったんだ。昔はちゃんと働いてたし、お酒を飲むこともなかったのに」
転校してくる2年ほど前、母親は彼女を残してアパートを出ていってしまったそうだ。以来、父親は勤めていた会社を辞め、職を転々としているらしい。焦りや苛立ちからか、お酒を飲むことが増え、時には荒々しい口調になることもあるという。
「良い時は、昔の優しいお父さんに戻るんだけど」
悲しそうに微笑むサツキに、わたしはどんな言葉を返せばいいのか分からなかった。
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