第13話 ジェイドの提案

1/1
前へ
/17ページ
次へ

第13話 ジェイドの提案

 メモを手に取ったジェイドが、読み上げる。 「ルーリン・マイン、女性、二十二歳。マイン伯爵家の長女。しかし両親は妹のアルミー・マインを溺愛して、姉妹格差がある。ルーリンの婚約者はフィンラン・ハルザクセン。婚約当初はルーリンに好意を寄せていたが、その後アルミーの誘惑に乗ってしまい、絶賛浮気中。ルーリンは婚約者の態度がそっけなくなってしまったことで、自分が何かしたのかと悲しみに暮れている、ですか」  メモを読み上げた後、ジェイドが慣れた手つきでクリスタル画面製神器を操作すると、一組の男女が映し出された。  ルーリンに会いに来たのに、アルミーと隠れてイチャつく浮気野郎フィンランだ。アルミーと会えたのが嬉しいのか、彼の目が潤んでいるのが、腹立たしい。  ルーリンは、フィンランと妹アルミ―の浮気に気付いていない。  でもばれるのも時間の問題だと思う。  ならば、 「さっさとフィンランの不貞を何かしらの方法でルーリンに伝え、別れさせるのがいいと思うの。それに、ほらこの人――」  私は画面に指を当てると、庭園で母親から必要以上に叱責されているルーリンを、影から心配そうに見守っている一人の男性へと切り替わった。  彼は、マイン家で騎士見習いをしている青年だ。ルーリンに恋心を抱いているけれど、身分差があるせいで叶わない恋をしている。 「彼はね、アザレス・ノウィンっていうの。ここにやってきてからルーリン一筋で、彼女を陰ながら見守ったり助けたりしてる。浮気者のフィンランよりもずっとずっと良いわ。ルーリンは、彼と結ばれて幸せになるべきよ。ほらっ、正しい相手と結びつきを作るなんて、家庭円満の女神として正しいことをしているでしょ?」  何か問題でも? と胸を張ってジェイドに言ってやった。  だけど彼は何も言わない。画面の中にいるアザレス・ノウィンをジッと見つめたままだ。  しばしの間の後―― 「コーラル。この一件について、何か作戦はあるのですか?」 「それは、これから考えようと……」 「なら、私も協力させて貰えませんか?」 「ええっ⁉」  突然の申し出に、私は部屋に響くほどの大きな声を出してしまった。椅子から少し腰を浮かしながら、隣にいるジェイドに詰め寄る。 「ちょっと待って! あなたには全く関係のない話でしょ? それにジェイドだって仕事が……」 「私のことは問題ありませんし、お互いの了承を得れば、他分野の神が協力することは規則で禁止されていません」 「で、でも……」 「何か問題でも? もしかして……フィンランとアルミーに、ざまぁでもする予定でしたか?」 「い、いや、それは……あは、あははっ……」  私は取り繕うように乾いた笑い声をあげた。  全く考えなかったわけじゃない。  私が直接動くと、また信仰心や最高神様たちの評価が下がってしまうから無理だけど、ルーリンやアザレスにちょっとだけ働きかけ、浮気者たちを地獄に叩き落とすことは出来るはず。  私の考えなど、お見通しだったのだろう。  ジェイドはいぶかしむように目を細めると、音もなく立ち上がった。  青い瞳が冷たい光をたたえながら、有無を言わせぬ威圧感を放つ。 「では、決まりということで」 「あ、はい」 「では私は一度、執務室に戻ります。この人間たちの件は、後日相談しましょう」 「あ、はい」  逆らうことは出来なかった。  でもまあいいか、という気持ちもある。  フィンランが不貞をしていることは、一目瞭然。  ざまぁはしないにしても、ルーリンをアザレスとくっつけることで、私の行動の正しさを証明することができるのだから。  私たちの様子を黙って見つめていたパルナが深く頭を下げながら、立ち去るジェイドの邪魔にならないように部屋の端に寄った。  ジェイドはそんな彼女に軽く会釈をすると、部屋から出て行った。  部屋の空気がいっきに緩むのが分かった。  パルナが息を吐き出し、両肩から力を抜いているのを見て、彼女も緊張していたことに気付く。 「ごめんね、パルナ。気疲れしたでしょ?」 「いえ、そんなことはありません! コーラル様こそ、大丈夫でしたか? ジェイド様に、色々と責められているように見えましたが……」 「大丈夫大丈夫。全然気にしてないから。ま、正しいことしか言っていないしね」  確かに、彼の発言にグサグサくるものはあるけれど、家に帰れば、エプロン姿で料理を作っているのだ。そのギャップで、全て帳消しだ。  しかしパルナは心配そうに、眉根を寄せている。 「正しいことであっても、それを伝えていいかは別問題だと思います。失礼ながら……ジェイド様はコーラル様に冷たいのではないですか? 将来をともにする相手として、私は不安に思います」 「あー……」  他人の目には、そう映るのね。  私は安心させるように笑って見せた。 「でもああ見えて、ジェイドも良い奴なの。だから大丈夫。心配してくれてありがとう、パルナ。さっきだって、ジェイドに怒ってくれて……」 「……いいえ、私は当然のことをしたまでです。ただ今回の調査について、ジェイド様がご一緒されるので、その一点だけは安心です」 「あはっ、あはははっ……」  私、遠回しに頼りないって言われてない?  だけどパルナは、私のことを心配してくれている。  その心遣いが、嬉しかった。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

38人が本棚に入れています
本棚に追加