第4話 幼馴染みとの再会

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第4話 幼馴染みとの再会

「えええええっ⁉」  目の前の人物が、尊敬する最高神のお一人であることを忘れ、私は大声で叫んでしまった。  しかしフレイズローザ様から、お叱りを受けることはなかった。むしろ、さらに眉間に皺を寄せながら、今日一番の力強さで深く頷かれた。 「そうです。このままではあなたが懸念するとおり、家庭円満の女神であるにもかかわらず、自身の恋愛や結婚は上手くいかないのかと、あなたの力に疑問を抱かれてしまいます。ですが次の恋愛が上手く行き、結婚に繋がって素晴らしい家庭を築くことができれば、その悪評を消すことができるでしょう」  フレイズローザ様の仰ることはごもっともではある。  あるんだけれど……いやでも、やっぱり納得がいかない。 「で、でも私は、ディラックに一生懸命尽くしました! それなのに彼は浮気して私を捨てたのですよ⁉ そ、それを、私の能力不足だと言われても……」 「あなたの言い分は痛いほど分かります。私だって、あなたの能力不足が別れに繋がったとは考えておりません。しかし……世間は、彼を浮気に走らせたあなたにも非があると言うでしょう」 「そんなことって……」  悔しくて涙が出そうになる。  ディラックのことは愛していて、結婚だって考えていた。  付き合っている間だって、彼の助けになりたくて、色んな仕事を手伝って支えていたつもりだったの、に…… 「悔しいでしょうが、それが現実です。まあほとんどの方が、あなたに非はないと言うでしょうが……家庭円満の女神というだけで普通の者たちよりも、厳しく評価されるのは仕方がないでしょう。ですから……上書きするのですよ」 「うわ、書き……?」 「ええ。次のお相手とは、素晴らしい家庭を築くのです。ディラックと送るはずだった結婚生活以上の幸せな生活を送る。そうすれば少なくとも、あなたには家庭円満の女神として幸せな家庭を築く力があると、皆が認めてくれるでしょう」 「そ、そうかもしれませんが……」 「誰か良い方はいないのですか?」 「い、いません……」  仰ることはよく分かる。  分かるけれど……言われて、すぐに次の相手を用意できるほどモテるわけじゃない。  成人してから女神見習いとして母の補佐をしてから今まで、異性とお付き合いしたことはなかった。  親しくなった異性はいるけれど、気付けば距離をとられるということが続いたため、仕事関係以上の付き合いをしなくなった。  だからディラックが声をかけてくれて、お付き合いが始まったときは、嬉しさよりも驚きの方が強かったのを覚えている。  返答に困っていると、フレイズローザ様はポンッと手を打った。 「そう言えばイルミナ家は、代々知性の男神を受け継いでいるノア家と親交が深かったはず。ノア家には確か、あなたと同年代の男の子がいたはずですが……」 「ジェイド・ノア……ですね? 確かに、彼とは幼馴染みで、小さい頃は一緒にいることも多かったですが……」  苦いものを舌先で転がしているかのように、言い淀んでしまう。  胸の奥がチクリと痛み、発する声色が自然と低くなった。 「でも、今は疎遠になってしまい、全く接点がない状況です。それに彼は随分前、水の最高神アクレイズ様の命によって、中央(ここ)から僻地に赴任したと風の噂で聞きましたし……」  確か、私がディラックと出会う前、ジェイドはここから遠くに移動になったのだ。風の噂と濁したけど、情報源は母なので間違いない。  昔は一番近い場所にいた彼は、今では一番遠い場所にいる事実に、何故か鳩尾辺りが重くなった。  ……何で今更こんな気持ちが湧き上がってくるのだろう、馬鹿らしい。  だってあいつは、きっと私のことなんて忘れ、今も仕事に励んでいるはず。  そうに決まって――  突然、部屋のドアがノックされた。  フレイズローザ様が入室を許可すると、扉が開き、深い青色の髪に眼鏡をかけた男性が部屋に入って来た。  男性にしては肩につきそうなほどの神の長さだ。眼鏡は銀縁で、レンズの奥には髪と同じ深い青い瞳があった。そして肌は、太陽の下に出たことないんじゃないかと思えるほど白く、そして私が羨ましいと思えるほど透明感がある。  長いダボッとした黒いローブを身に纏っているため、体型までは見えないけれど、出ている顔や細い指の様子から痩せ型だと予想がつく。  私の第一印象は、地味な男性だった。  一体誰?  初めて会う人だけど。  でも初対面にしては、何かどこかで見たことがあるような……  低く静かな声が、部屋に響く。 「お話中、申し訳ございません。フレイズローザ様。中央に戻ってきましたので、ご挨拶にうかがいました」 「いえ、大丈夫です。しかし……すっかり立派になりましたね。僻地への赴任は、あなたをさらに成長させたようですね」 「はい。大変貴重な経験をさせて頂きました」 「それは良かったです。どうかその経験を、ここ中央でも生かしてくださいね」  フレイズローザ様は笑っているが、私は二人の会話に入ることもできず、視線を行ったり来たりすることしか出来なかった。そんな私の戸惑いを感じ取ったのか、フレイズローザ様は、男性に向けていた笑顔を私に向けて仰った。 「ほら、噂をすれば……ですね、コーラル。再会を喜んだらどうですか?」 「え、再会?」  私、この男性と会ったことがあるの?  ギョッとして、男性をまじまじ見る。  確かに初対面にしては、どこかで見たことがあるような気はしたけれど……でも……  彼の顔を見ながら、私の思考は過去へ過去へと遡り――銀縁眼鏡とその奥の青い瞳を見た瞬間、バチッと何かがはまった。 「ま、まさか……ジェイド? ジェイド・ノア⁉」 「久しぶりです、コーラル・イルミナ」  淡々とした声が私の名を呼んだ。フレイズローザ様を見ると、彼女も肯定するように、うんうんと頷いている。  言葉を失っている私に、ジェイドは何も反応を見せなかった。  私に再会して嬉しいとも、私が気づけなかった怒りや悲しみもなかった。ただ涼やかな視線を私に向けるだけだ。  ……昔はこうじゃなかった。 ”コーラル! ほらっ、今度一緒に遊びに行こう!”  満面の笑顔を私に向け、手を引っ張ってくれた幼い彼の姿が脳裏を過る。  十四歳になって眼鏡をかけ出したころだろうか。  今まで快活だった彼が突然、感情を表に出さず、誰に対しても丁寧口調になったのだ。さらに、今までの快活さはなくなり、静かに本を読むような大人しい性格へと変貌した。  仲が良かった私に対してもその態度なので、私が何かしたのかと心配になった。でもいくら理由を聞いても、何も無い、の一点張り。  仲の良かった彼が突然豹変してしまい、私は――  そうしているうちに、私たちは疎遠になってしまった。イルミナ家とノア家は昔から親交があり、親同士がとても仲が良くて交流があるけれど、私たち子ども同士の交流は途絶えてしまった。  ジェイドは私と同じ歳なので、私が母の補佐となったころ、彼もお父様である知性の男神の補佐として働きだし、その後知性の男神を受け継ぎ――今に至る。  彼を見ていると、当時の不安や苦しみ、冷たくなった理由を告げてくれない怒りが蘇り、苦しくなる。 「それでは私はここで失礼いたします。どうぞごゆっくり」  ジェイドが訊ねてきた理由が挨拶であることをいいことに、退室しようとした私の背中に、冷然とした声が投げかけられた。 「コーラルさん。これからどうぞよろしくお願いいたします」 「……よろしく」  幼馴染みの口から出てきた【さん付け】に、以前から変わらない他人行儀な態度に、私の心の中のおもりが、ズンッと深く沈んだ気がした。
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